第百十四話 唐揚げとおにぎりは鉄板ペアです。



 次の日、香織こうしょくはまたおにぎりをたくさん作った。

 もちろんマニ族の塩を使っている。


「やったあ! 今日はオニギリがあるんだね!」

 おそうざい食堂へやってきた子どもたちが歓声を上げた。


「オニギリ、やっぱり人気があるな。俺も初めて食べたときは驚いたし、今でも好きだけど」

 青嵐せいらんがてきぱきと卓子や椅子を出しながら言った。勇史ゆうし櫂兎かいとに手伝わせて、あっという間に布巾できれいに拭いていく。


「美味しいって思ってもらえて、うれしいよ」

 前世ではあるのが当たり前、作っても褒められたり感想を言われることのなかったおにぎり。

 それが異世界ではこんなにフィーチャーされ、人々に愛されているのを見て香織は本当にうれしい。


「香織って、記憶はないけど、たぶん芭帝国出身なんだろ? 芭帝国にこんな美味い郷土料理があるなんて、知らなかったな」

「そ、そう? あはは……」


 香織は曖昧に返事をする。

 記憶が戻ったことは、華老師にしか話していない。


「ほ、ほら! お客さん来たよ! 青嵐、汁物を配ってもらってもいい?」

「わかった。えっと、今日の汁物、なんだっけ。たしか、けん……」

「けんちん汁だよ」

「そう、それ!」


 最近では、香織が作る料理の名前を聞いてくるお客さんも多く、香織は前世の名前のまま答えている。

 生真面目な青嵐は、聞かれたら答えられるように、きちんと料理の名前を覚えようとしてくれるのだ。


「お待たせ! けんちん汁だよ」

 さっそく卓子に付いた人々に配ってくれている。


 けんちん汁、青菜の大蒜ニンニクごま油和え、鶏の唐揚げ、おにぎり


 これが今日のメニューだ。


 鶏肉が手に入ったので「おにぎりには唐揚げ!」と思い立ち作ったのだが、これが大好評だった。


香織こうしょくが作ると、鶏肉の揚げ物もなんだか一味ちがうねえ」

「子どもたちがたくさん食べてくれるわ。これ、どうやって作るの?」


 近所の小さい子連れの母たちがしきりに感心している。

 こちらの世界にも、鶏肉を油で揚げた料理はある。市場の露店で見かけたのだが、たしかに何か違うかもしれない。


(味付けがシンプルだからかな?)


 こちらの世界の鶏の揚げ物は食べたことがないが、匂いから察するに五香粉のような複雑なスパイスを使っているようだ。甘辛いような匂いもする。いわゆる「唐揚げ」のレシピとは違う調味料を使っているのかもしれない。


 対して香織が作るから揚げは、本当にシンプルな作り方だ。


 調味料は醤油、酒、みりん少々だけ。

 ここに大蒜と多めの生姜をすりおろし、卵と一緒によく揉んで味をなじませる。

 それを小麦粉と片栗粉を半々に混ぜた粉をたっぷり付けて軽くはたき、揚げる。


 母たちに伝えると、

「肉が手に入ったらぜったいに作ってみる!

 と喜んでくれた。


「そっか、やっぱり唐揚げっておにぎりに合うよね」


 香織は、おにぎりと一緒に唐揚げも包んだ。

 今日は、羊剛ようごうにおにぎりを届けるつもりだ。





「おおっ、香織じゃねえか!」

 羊剛が髭面を崩した。

「もしかして、例のおにぎりを持ってきてくれたのか?」

「はい! お待たせしました。昨日は吉兆楼に持っていったら羊剛さんの分が亡くなってしまって……すみません」

「なんの。俺様はちょうど朝の仕事がひと段落で腹も減っていたところだ。ちょうどいい」


 羊剛は奥の帳場に座り、自分と香織にお茶を淹れてから包みを開けた。


「おおっ、たしかにマニ族の塩を使ってあるな! ほんのり色が残っている」

「はい。塩によって味に違いがあるので、びっくりしました」

「そうだろうそうだろう、マニ族の塩は食料を美味くする神の塩と呼ばれているからな!」


 得意そうに言って羊剛はおにぎりを一つ頬張った。


「これは……」

 小さな種のような目がいっぱいに見開かれる。

「美味いな」

 羊剛はうなった。

「塩と米だけなのに、これだけで立派に料理として成り立つ。マニ族の塩の旨味が、オニギリによく生かされてる。海苔ともよく合う。マニ族ではこういう食べ方はしないから、美味さの新しい発見だ」

「本当ですか? そう言っていただけてうれしいです!」

「この鶏を揚げたやつも美味いな。味がしっかり染みていて、それでいてしつこくないからいくらでも食えるな。これがまたオニギリによく合うしな!」


(やっぱり、唐揚げとおにぎりは鉄板ベアよね!)

 香織はうれしくて顔がほころぶ。


「羊剛さんが食べるところを見届けたいけれど、もうすぐ吉兆楼の仕事の時間なのでこれで失礼しますね」

「おう。わざわざどうもな。気を付けてな」

「はい。羊剛さんも」

「おう。それにしても、おめえらは忙しいなあ。耀藍様と一緒に乾酪を食べるヒマはあったのかい」

「え……」

「なんだ、やっぱり食ってねえのか? きのう、耀藍様がなぜだかマニ族の集落からどっさりと乾酪を持ち帰ってきてな、香織に食べさせたいってんで、さっそくひと塊持ち帰っていったんだぜ」

「そうだったんですか」


(マニ族は、国境の山に住んでいる山の民よね)

 香織を――いや、麗月リーユエを逃がしてくれたのも、マニ族ではなかったか。


「どうして、耀藍様はマニ族から乾酪を?」

「さあな。俺様も詳しいことは聞いてねえんだ。香織には話さなかったのか?」

「いえ、何も……」


 話すどころか、耀藍は香織とはロクに顔も合わせずに行ってしまった。

 小英と青嵐と楽しそうに乾酪火鍋を広げていたのに、香織が行くといつの間にかいなくなっていた。


「チー……いえ、乾酪はとっても美味しかったです。耀藍様は、どこから持ってきたのかは言わなかったけど」

「へえ、そうかい。やっぱりお忙しいのかねえ」

「え?」

「耀藍様の入城の儀が早まったらしいぜ」

「え? 本当ですか?」

「おう、おかげでてんてこ舞いよ。蔡紅蘭様に儀式で使う塩の調達を急いでくれって催促されたから、確かな情報だぜ」

「そう、ですか……」


 そんなことは、一言も耀藍は言っていなかった。


(耀藍様……わたしにだけ素気ないのはなぜ?)

 抱きしめられた晩のことを思い出して、香織はやるせない気持ちになった。

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