第百一話 耀藍、王へ挨拶に
建安の北。
都を一望できる小高い場所に、王城はあった。
ゆるやかな坂の手前に入城門があり、そこで検閲が行われ、許された者だけが先に進むことができる。
坂を上りきると、
ぐるりとめぐる濠には澄んだ水が流れ、その向こう側には整然と石を積んだ堅牢な塀が見える。
塀は城を守るように横へ延び、やがて大きな門となる。
門というより城の一角かと思わせる楼門。
名を
その陽天門前広場が、にわかに騒然となった。
「く、曲者ぞーっ!!」
門前にいた衛兵が叫び、周辺にいた衛兵がかけつける。
「どこだ?! 曲者はどこに?!」
「あ、あそこに!」
衛兵が囲む円の中心に、青い袍姿の青年が立っていた。
月明りを磨いたような銀髪が風に踊り、碧宝玉のような双眸は神話の美神を思わせる。
「惑わされるな! こいつはいきなりこの広場に現れたのだぞ!」
「妖か?!」
「いや、人だろう!」
「正装の袍を着ているぞ!」
「ええい、怪しいことにはちがいない!」
その人物を、衛兵は槍を突きつけぐるりと囲む。
「何者だ! どうやってここまできた?!」
入城門からの連絡はなかった。
この男は、突如、陽天門前広場に現れたのだ。
「術で」
男は短く言うと、
「我は
♢
深い瑠璃色の絨毯が玉座まで伸びる、謁見の間。
重臣たちが控える階の上に、若い王が座していた。
十七、八ほどであろう。玉座を継承して間もない王は、后も恥じらうであろう美貌をしていた。白皙の肌に彫の深い顔立ちは、たびたび芭帝国から迎えられる后の血を継いでいるといえる。
「余は呉陽王、
玉座の上から厳かな声が響く。
「遅れまして、申しわけございませぬ」
耀藍は
「皆の者、下がれ。ああ、
階の下に控えていた重臣らしき者たちは、一人の若者をのぞいて退室した。
「よく来てくれたねえ、耀藍」
先ほどよりくだけた調子の声が、謁見の間の静けさを破った。
「まったく、どうしてすぐに来てくれなかったんだよ。余は数年ぶりに耀藍に会えると思って楽しみに待ってたのにさ。美食家で大食漢の君のために、国中から腕のよい料理人も揃えてあるんだよ」
「…………」
耀藍は平伏したままだ。亮賢は、不思議そうにその尊顔を傾ける。
「どうしたのさ? 幼馴染の余に仕えるのがイヤだった? 君は昔から、幼子のように駄々をこねるからねえ。君の姉上に何度も催促するのもコワいし、気を揉んだよ」
「……申し開きのしようもございません。即刻、陛下のお役に立てるよう、尽力いたします」
やっと口を開いた耀藍に、王はぎょっとした。
「なんだよ、なんで敬語なんだよう。人払いしたんだから昔のように話してくれよ。おまえに敬語とか使われると、調子狂う」
口をとがらせた若き王に、一人残った若者が拱手する。
「おそれながら陛下。彼は、私に気を使われているのでしょう」
「なんだ、だったら必要ないぞ。
耀藍は思わず顔を上げた。
ひょろりと背の高い男だ。顔に湛えられているかすかな微笑みが、安心感を抱かせる。
「初めまして、蔡術師。私は李鴻樹。このたび、王直属の外交官を任じられております」
李鴻樹は親し気に話しかけたが、耀藍は李鴻樹に深く頭を垂れた。
「貴殿にも、申しわけない。オレのせいで、多くの民が苦しんでいる。今すぐにでも仕事を始めたい。御指導と采配をお願い申し上げる……!」
美しい銀髪が床に付くのも厭わず頭を下げる耀藍に、玉座の王・亮賢と李鴻樹は怪訝そうに顔を見合わせた。
♢
「え、
夕飯時。
あまり大事にしすぎては身体が衰えるからと、
「なんか急な用事ができたんだって」
「さっき蔡家から遣いの人が来て、耀藍様の私物を持って帰ったり、いろんな物を置いていったりしたんだ」
「いろんな物?」
「「あれ」」
困惑顔の小英と
そこには、米俵や卵、野菜や肉塊など、さまざまな食材が置いてあった。
「あんなに置いていかれてもなあ。いちばん食う人がいなくなったのにさ」
小英はぼやいている。
「俺はお使いから帰ってきたら
青嵐も困惑しているようだ。
「まあまあ。耀藍はああいう奴じゃからのう。そのうちまたフラっと、顔を見せるじゃろうて」
(華老師……?)
その表情がこころなしか暗いのは、香織の気のせいだろうか。
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