第九十三話 包子の試作品


 蒸篭の蓋を取ると、熱々の蒸気とともにふわん、といい匂いが漂った。


「ふわあ……中村屋のにくまんあんまん……!」


 前世、スーパーで安売りすれば必ず買っていた白いしっとりつやつやのにくまんあんまんが、目の前にある。

 数えるほどしか自分では作ったことがなく、うろ覚えのレシピをなんとか記憶の底から引っぱり出して作ってみたが、なかなかうまくできている、と思う。


「見た目はOK。でも、味が肝心よね」


 白いまるい生き物のような肉まんを手にとり、二つに割る。

 湯気と肉汁がともにあふれてきて、香織は慌てて一口ほおばった。


「美味し~い!」


 こちらの世界にもひき肉があったので、肉餡はうまく再現できている。


「生地がこんなにしっとり、もちっと、しかもふっくらしたのは、きっと老麺のおかげだわ。ドライイーストではこんなにならなかったもの」


 香織はだんぜん、中村屋の中華まん推しだ。

 その中村屋の中華まんに劣らない出来に、香織は大満足した。前世で作ったときはこうはならなかった。

 老麺の威力に驚くばかりだ。


「発酵種がちがうと、こんなにも出来上がりに差があるのね。今度パンも作ってみようかな」


 前世では中華まんよりパンの方がよく作ったので、老麺をドライイースト代わりにして作ってみたい。

 オーブンが無いので、焼き方は要研究だろう。

 また作りたいものが増えた。こうやって芋づる式に作りたい物が増えるのもうれしい。


「あんまんはどうかな……」


 中村屋のあんまんの餡は特別だと香織は思っている。

 あの香り、あのねっとり感、そしてあの絶妙な甘み。

 あんまんが決定的に他社の中華まんとはちがうので、お値段が高くても中村屋の中華まんを買っていたくらい、こだわりがある。

 他の中華まんとは一線を画す、あの練餡が再現できているかどうか。


「うーん、やっぱりなんかちがう気がするなあ……」


 予想はしていたけれど、やっぱりあの味を再現できてない。


「これじゃあ普通のあんパンっていうか……やっぱり餡の作り方を変えないと」

 少しがっかりしつつ、さっそく吉兆楼に持っていく準備をした。





「うん、美味い!」

 辛好しんこうは割った半分を胡蝶こちょうに渡した。

「本当。すごく美味しい」

 胡蝶もうなずく。

「どうだろう、胡蝶。試作品としては上出来だ。少し改良は必要だろうが、品書きに加えてもいいと、あたしは思うがね」

「たしかに、包子ぱおずは誰もが好きな食べ物だし、いいかもね」


 二人が食べているのをじっと見守っていた香織こうしょくは、ぱっと顔を上げた。


「じゃ、じゃあ、品書きに加えていただけるんですか?!」

「うーん。今すぐには無理かしらね。時期が悪いわ」

「まあ、そうさね」

 

 胡蝶と辛好が頷き合う。その様子に香織は小首をかしげた。


「あの、時期が悪いっていうのは」

「今は小麦粉が高いでしょう?」

「あ……」


 夜市の粉屋を思い出す。小麦粉を少ししか買わなかったのに店の主人が泣いて喜んでくれた。高くて売れ行きが悪いのだと言っていた。


「原材料が高いと品書きの値段を高くせざるを得ないわ。そうするとこんなに美味しいのに、品書きに並べてもお客様に食べていただけないかも」

 胡蝶が悩まし気に眉を寄せる。

「最近じゃ、花街に来ても財布の中を気にしつつ、って客が多いからねえ。芭帝国の内乱が早く収まってくれるといいんだがねえ」

 辛好が大きく息を吐く。

「そうですね……小麦粉、高いですものね」


 香織が残念そうにうつむくと、胡蝶が香織の肩をたたいた。


「ね、香織。包子は先送りだけど、オニギリっていうのを品書きに加えてもいいかしら?」





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