第八十八話 こんな日がずっと続けばいいのに。


 今日の食堂のメニューは、


 ブタの角煮、青菜とキノコと干し肉の塩炒め、玉菜と大根とニンジンのピクルス風サラダ、佃煮とごま塩のおにぎり、白飯。


 夜市に行くようになり、肉や香辛料が手に入るようになってから、メニューの幅が広がった。

 前世では高くてなかなか手が出なかった香辛料が比較的手ごろな値段で手に入るため、ブタの角煮も八角を使った本格的なものが作れる。

 ピクルスは、この世界にそういう名の食べ物があるわけではないが、もともと酢や砂糖はあるし、胡椒や鷹の爪が手に入るので作りやすいと気が付いた。

 ピクルスは手軽に野菜も取れるし、酢は美容にいい。保存もきく。

 食堂で好評なら吉兆楼のまかないでも作ろう、と香織こうしょくは思っていた。


「そういえば、おにぎりの具に梅干しがあればいいんだけどなあ……」


 おにぎりを作るたびに、香織こうしょくは思う。

 吉兆楼では妓女たちにおにぎりが大好評だったし、華老師宅でもみんなの好物のため、おにぎりはよく作るようになった。

 だがやはり、おにぎりには梅干しが無いと物足りなく感じてしまう。


 この世界の気候はどうやら年中温暖で、けれども四季の変化はあるらしい。

 今はちょうど、夏の終わり、秋口ぐらいだろうか。


「梅の採れる次の初夏には、どうにかして梅と赤シソを手に入れたいな」


 蔡家で立派な梅を見かけたとき、梅は砂糖漬けでしょう、ときっぱり言われたが、赤シソの存在は否定されてない。


「否定されなかったってことは、こちらの世界にも赤シソはあるってことよね。市場で探してみたいわ」


 なぜか香織が作るもの、つまり和食が好きな耀藍は、梅干しも気に入るだろう。


「そうだわ、梅干しを作るとしたら塩もたくさん必要ね。羊剛さんからたくさん塩を買わなくちゃ。そういえば羊剛さん元気かしら。またおにぎりを持っていこうかな」


 吉兆楼の帰りの寄り道で、また羊剛の店に行ってみようかと思いつつ、夜市で買った蒸篭が目に入り、香織はハッとする。


「そうだわ! 包子の作り方のことを明梓や辛好さんに聞いてみようと思っていたんだった。前世とはレシピが違うはずだもの。早く作ってみたいなあ……白くてふっくらもっちりの皮に、ぎゅぎゅっと肉餡と練餡が……考えただけでヨダレがっ」



 前世と同じ材料は揃うが、唯一、生地をどうやって発酵させるのかが謎で、まだ作っていない。

 香織は前世ではドライイーストを使っていたが、そんな物はこちらの世界にはないだろう。

 しかし、芭帝国では日常的に、呉陽国でも人々に好まれてお祝いメニューになっているくらいなのだから、作り方は確立しているはずだ。


 世界が違えばちょっとずつレシピもちがう。

 けれど、きっと出来上がるものは美味しいにちがいない。実際、美味しい。

 それは前世とはまた違った美味しさで、前世と同じように作っていても香織はいつもワクワクする。



 そんなわけで、日々、作りたいメニューが次から次へと出てくる。



 頭にメニューが浮かぶと、それを食べてくれる予定の人、関係する人や事柄が次から次へとつながって、頭の中を流れていく。楽しくなってくる。


 料理って、なんて楽しいんだろう。


 改めて思い、異世界に来た喜びを今日もかみしめ、香織は忙しく食堂の準備をする。青嵐せいらんが、土間に顔をのぞかせた。


「香織、薪の用意できたよ。卓子と椅子、出すか?」

「ありがとう、青嵐。あ、そうだった、わたしちょっとお豆腐を買ってくるわ」

「なんだ、そんなの俺が行くよ!」

「え、いいの? じゃあ、お豆腐をこの桶に五つお願い」


 武家の少年らしく青嵐はすごく姿勢が良い。その背中を見送りつつ、香織は晴れた空を見上げた。


 日々料理のことを考えて、準備をして、準備をしながらもいろんな人とふれあって、作ったものをみんなに食べてもらって、笑顔になってもらって……。



 こんな日がずっと続けばいい――香織こうしょくは、初秋の青い空に心から願った。




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