第八十五話 蒸篭を買って、夜道を歩けば
「にくまん、あんまん?」
「あ……と、
つい前世のクセで肉まんあんまんと言ってしまったが、こちらでは中の餡の種類がどうあれ、総じて包子というらしい。
「ああ、包子か。オレもあれは好きだ。この国ではあまり食べられてないが」
「美味しいのに、どうしてでしょう」
「お嬢ちゃん、
「はい」
「何か祝い事でも? あ、そうか! 兄ちゃんとお嬢ちゃん、結婚するのか」
「ち、ちがいますっ!!」「ちがうぞっ!!」
真っ赤になった二人に全力で否定され、店主は後じさる。
「そ、そうかい。まあ、なんにせよ祝い事ならめでてえや」
「あの、包子はお祝いのときしか食べないんですか?」
「ああそうか。お嬢ちゃん、見た目が異国の人っぽいもんな。お国は
「え、ええ、まあ」
「北の芭とちがって、この呉陽国じゃあ、包子や焼売や餃子は祝い事のときに作ることが多い。小麦より米が採れる国だからな」
「なるほど、そういう理由なのか」
耀藍は納得したように頷く。
「じゃあ、普段、蒸篭は何に使うんですか?」
小首をかしげる香織に、店主は笑った。
「包子や焼売や餃子じゃなくたって、蒸篭はいくらでも使い道があるだろう。イモをふかしたり、米を蒸したり。野菜も蒸すだろう?」
「そっか、なるほど」
確かに前世でも、健康レシピとして蒸篭で蒸し野菜を作る方法が料理サイトにたくさん紹介されていた。
華老師宅には蒸篭がなかったため気が付かなかったが、蒸篭があれば点心だけではなくいろいろな用途がある。
「よし、じゃあ……この大きい方の二段重ねの蒸篭! 二つください!」
「おっしゃ、まいど! じゃあ、おまけでこのザルを付けるぜ!」
「ええっ、いいんですか?」
「おうよ、気前よく買ってくれた若い二人に、俺から結婚祝いだ!」
「「だからちがいますって!!」」
「ま、まあなんでもいいじゃねえか。めでてえんだからよ!」
店主は笑って、機嫌よく蒸篭とザルを包んでくれた。
♢
「はあー……、思い切った買い物って、ドキドキするけど気持ちがいいな」
一気に蒸篭を二つ買ったことで、香織はまだ胸がドキドキしている。
(それに……また耀藍様と夫婦って思われちゃった)
この頃、夜市に行くと必ずといっていいほど夫婦だ婚約者だと言われる。
(わたしはうれしい、けど……耀藍様はどう思っているのかな)
隣の耀藍をチラ、と見上げる。
結った銀髪が夜の灯かりの下、肩や緑碧の袍の背で月光のように輝いている。澄んだ海のような瞳は不思議にきらめく宝石のようで、一瞬でも視線が合ったら吸いこまれてしまいそうだ。
華美な装飾品は一切付けていないのに、両手に蒸篭をぶら下げた奇妙な姿なのに、道行く人々は皆、耀藍を惚けたように振り返る。
(こんな綺麗な人と一緒に歩けるだけで夢みたい……。耀藍様、すみません。少しだけ夢を見させてください……)
香織は心の中で耀藍に拝むと、大きく深呼吸した。この辺りは、人通りが少なくなっている。
火照った頬に、夜風が気持ちいい。幻想的な色とりどりの吊灯籠がだんだん少なくなるにつれ、店の並びも少なくなる。
もうすぐ、夜市がとぎれる辻だ。
「いけない、もうこんなところまで来たのね」
香織はあわてて耀藍を見上げる。
「耀藍様、全部持っていただいてすみません。持つの、代わります」
耀藍はハッと我に返ったように香織を見た。
「す、すまん。少し考え事をしていた。どうしたのだ?」
「あ、いえ、あの、蒸篭を持つのを交代しようかと」
「ああ、なんだ。蒸篭などいくつでも持てる。気にするな」
耀藍はふわりと笑った。
(この頃、耀藍様はどこかぼんやりしている気がするわ……)
華老師宅で食卓を囲んでいるときも、ぼんやりと一点を見つめて箸を進めていることがある。小英や青嵐が先に食べてしまって、自分のおかわりが無いことに気付いて「いつの間にかオレの分がっ!!」と頭を抱えていることもよくある。
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