第八十四話 泡菜完成!そして点心三昧の野望


 そうっと蓋を開けると、ふわっと発酵の香りがした。


「わわ、美味しそう!」

 壺の中で玉菜たまな(キャベツ)、唐辛子、大根、ニンジン、生姜、大蒜にんにくが折り重なった上に花椒ホワジャオが散らばり、目にも楽しい。

 思わずつまみあげたくなるが、ぐっと我慢。

「うん、これならもう食べらそうだ」

 明梓めいしも壺の中をのぞき、にっこりする。


 少し前に、泡菜ほうさいを仕込んだ。


 こちらの世界は不思議なことに前世とほぼ変わらない食事情で、洋風な食べ物がないことがちょっぴり物足りないものの、香織こうしょくはとても満足していた。

 ここに漬物があればカンペキ! と思った香織は、こちらの世界ではどこの家庭でも見られるという「泡菜ほうさい」という漬物を明梓に教わったのだ。



「明梓さん、味見してくれませんか?」

 香織が小皿と菜箸を渡すと、明梓は一通りの野菜を小皿に取って、手でつまんだ。


「うん! いい出来だ! 酸味もよく出てる。香織こうしょくも食べてみな」

 言われて大根をつまみ、口に入れる。

「……美味しい! ぬか漬けみたい!」

 思わず叫ぶと、明梓が首をかしげる。

「ぬかづけ?」

「あ、いえ、なんでもないですっ」


(これこれ! このすっぱさが欲しかったの!)


 塩気にほどよい酸味がたまらない。

 香織の大好きな、漬かりすぎて酸味の出たぬか漬けの味だ。

 そこに辛みとしびれる刺激があとを引くのは、泡菜ほうさいの特徴なのだろう。

 


 あっという間に小皿を空にすると明梓が笑った。


「自分で漬けた物をうまいと感じるなら、上出来だ。すぐにでも食堂で出すといいよ」

「はい! 明梓さん、作り方を教えてくださってありがとうございました!」

「やだねえ、こんなことなんでもない。自分も作ってるついでなんだからさ」


 明梓めいしは笑って、背負ってきた籠から野菜をいくつか出した。


「泡菜の便利なところは、調味料にできることさ。細かく刻んで、この多色ダケと一緒に炒めてごらん」

「うわ、すごいきれいな色……」


 前世と違う食事情のひとつに、キノコの種類の多さがある。

 今も明梓が出してくれたキノコは、手のひらくらいの大きさのシイタケのようなキノコで、黄色、赤、緑、と色も鮮やか。

 前世であれば絶対に食べたら毒だろうと思われる外見だ。


「そこに肉を加えてもうまいよ。多色ダケは肉とよく合うんだ」

 肉なら、夜市で買ってきたブタ肉が保存庫にまだ残してある。

「多色ダケとブタ肉の泡菜炒め、やってみますね」

「ああ、ぜったいに美味いことまちがいなしだからね」


 明梓は食べ終わった粥の椀をさっと洗ってふせると、籠をしょった。


「じゃあ、いってくるわ」

「はい、いってらっしゃい!」


 明梓めいしが仕事へ出かけるのを見送ると、青嵐せいらんが奥から顔を出した。


香織こうしょく、薪割り終わったけど、もう椅子と卓子は出してもいいのか?」

「うん。お願い。わたしもこっちが終わったらすぐにいくわ」


 泡菜ほうさいを卓子の上で自由に取ってもらえるよう、いくつかの器に取り分けていると、青嵐がひょっこりのぞいた。


「美味そうな匂いだと思ったら、やっぱり泡菜だ」

帝国でも泡菜は食べるの?」

「うん。漬ける野菜の種類は芭の中では地域で違うみたいだけどな」


 青嵐は「香織は芭帝国の人のようだが記憶喪失」だと知っていて、芭帝国の話になるとさりげなく詳しく説明してくれる。


「食べてみてくれない?」

「え、いいの?」


 顔を輝かせて、青嵐は泡菜をつまんだ。


「うまい!」

 青嵐はうっとり目を閉じる。

「懐かしい。母さんが作っていた味に似てる」

「青嵐のお家では、どんな野菜を漬けていたの?」

「そうだな、入っていた野菜はこれとほとんど同じだな。この辺とは違うのは、泡菜は包子パオズに入っていることがよくあったかな」

「包子……?」


 それはひょっとして、もしかして。


「たぶん香織こうしょくも記憶がもどったら、中が甘い餡のを一番に食べたくなるよ。の女はあれが好きだからな。呉陽国でいったら饅頭みたいなやつさ。白いふっくらもちもちの皮で、これくらいで、中が甘い餡のこともあれば、肉や魚を野菜と一緒に細かく炒めた物もある。そこに泡菜が入っているやつも多いんだ」


(やっぱり! 肉まんあんまんじゃん!)


 胸が高鳴る。これはもしかして、もしかすると。

「もしかして、焼売しゅうまいとか餃子ぎょうざとかも……ある?」

 おそるおそる聞くと、青嵐がうれしそうにニカっと笑った。

「あ、食欲刺激されてちょっとは記憶がもどったか? やっぱり郷土料理は身に沁みついているよな!」


(やっぱりあったわ点心!)

 香織はうれしさに思わず両手を握りしめる。

 前世、大好きでよく作った焼売と餃子。そして智樹や結衣も大好きだった肉まんあんまん。


(作りたい! 食べたい! 焼売も餃子も肉まんあんまんも!)


 ほかほかと湯気の上がるつるりとシワの寄った焼売。

 こんがり焼き目のついた餃子。

 そして白くむっちりとした肉まんあんまん。


 思い浮かべただけでヨダレが……!


(よし! さっそく夜市で蒸籠せいろを見てこなくっちゃ!)

 香織は新たな野望に燃えた。


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