第七十八話 青嵐、おそうざい食堂で働く
「こんにちは
食堂にいちばんにやってくるのは、農家さんたちだ。
建安の農地は、主に都の城壁内の東南、それと城壁外に広がっている。
下町でもずっと南の方に住んでいる農家さんたちは、朝もまだ暗いうちに畑へ出て野菜や果物を収穫し、それを都の中心部まで持っていって朝市で
その帰りに食堂へ寄っていくので、普通の人々よりも少し早めのお昼になる。
「今日は干肉と生姜とサトイモのスープに、干肉と大根の甘辛煮に、干肉と玉菜とキノコのあんかけ風ですよ」
香織が卓子を拭きながら答えると、手を洗っていた農家さんたちが笑った。
「美味そう! 干肉がずいぶん登場するねえ。なんだか贅沢な気分だ」
「贅沢ですけど、残ったらもったいないので遠慮しないで食べてくださいね!」
むっすり黙ったまま器を運ぶ青嵐を、農家さんたちは穴のあくほど見つめている。
「香織、あの子だれ?」
女たちはうれしそうにそわそわしている。
「まだ小さいけどさ、イイ男になりそうな子だね。ちょっとこの辺じゃ見かけない風貌だけど」
「え、えーと……あの子も芭帝国からの難民なんです。ちょっとワケあって、
華老師が預かることになった芭帝国からの難民の子――青嵐のことを、人々にはそう話すことにした。
正確には華老師ではなく香織が拾って、というか香織のあとをついてきたのだが。
「へえっ、
「でも、あんな顔立ちの整った子ならうちで預かってもいいかも」
「馬鹿言うな、おめえ、うちのどこに他人を寝かしてやれる部屋があるってんだ」
愉快な笑い声が
あたりにたちこめるいい匂いと、人々の楽しそうなさざめき。
それが華老師宅の一角を、居心地の良い食堂へと変えていく。
その様子に青嵐は目を凝らしていた。
「あんた、すごいな」
人々のところから土間に戻ってきた香織に、青嵐がつぶやいた。
「え? すごいって……」
「あんなにたくさんの人たちを笑顔にできるって、すごいことだと思う」
「俺、ここであんたの手伝いをするよ」
「青嵐……」
「じゃなくて、手伝いをさせてください」
青嵐はぺこりと頭を下げた。
昨日の盗人騒ぎの一件といい、やはりこの子は一本筋の通った、きちんとした気性の子どものようだ。
どういう経緯で呉陽国へ逃げてきたのかわからないが、この子は一生懸命生きようとしている。
たった一人で。異国の地で。
その姿に、胸を打たれる。香織は目頭が熱くなった。
(もうっ、年とると涙腺がゆるんじゃうわ……って今は16歳だった!)
香織はあわてて目をぱちぱちさせて、にっこり微笑んだ。
「ちょうど人手が足りなかったから、すごく助かるわ。お手伝い、お願いします」
香織もぺこりと頭をさげてから、青嵐の肩をぽんと叩いた。
「さあ、じゃあ遠慮なくいろいろ頼んじゃうわよ! まずはスープの器を順番に配ってもらうわね!」
「え? え? こんなにたくさん? 人数が合わないんじゃあ……」
「今からどんどん、ご近所さんたちが来るのよ。スープを先に並べておくのは、子どもたちが……って、噂をすれば」
「え?! こども?!」
「そう。お昼時に仕事で忙しいご近所さんの子は、子どもたちだけでここへ来てお昼を食べるのよ。スープを先に多めに出すのは、あの子たちが来たとき、冷めてすぐ食べれるようになの」
「なるほど……って、あいつら、水場でケンカしてる!」
「あっ、ほんとだ! よくあることなの。ちょうどいいわ、青嵐、止めてきてくれる?」
「わかった」
青嵐はすたすたと子どもたちのケンカの輪に近付くと、取っ組み合っていた男の子たちを引きはがし、なにやら仲裁している。
すると子どもたちは、自分たちより大きな子どもの青嵐に驚いて、おとなしく言うことを聞いている。
「わたしが行くと騒ぎが大きくなるばっかりだけど……さすが、子どもの世界のことは子どもに任せるのがいいわね!」
青嵐が食堂の助っ人になってくれたことに、香織は心から感謝していた。
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