第七十三話 「食堂」広くなる



 おかげさまで「食堂」のことは近所で評判となり、日々、華老師かせんせい宅の土間を訪れる人は増えている。


 ところが、食べる場所が足りない。


 華老師宅はとても古いが、場所はわりと広いので、土間からはみだしても庭で食べることはできる。だが、椅子や卓子が足りない。

「野良仕事で汚れてるから、ちょどいいさ」と、笑って地面に腰かけて食べてくれる気の良い人たちばかりだが、もう少し椅子や卓子があればいいのに、と香織こうしょくはずっと思っていた。


 その話を明梓めいしに少しこぼしたところ、明梓が近所の男たちを集めて、作ってくれることになったのだ。



 本職が大工の者もいれば、農民だけれど大工仕事の得意な者もいる。皆、食堂に来るついでに作業をすると快諾してくれたのだという。



「みなさん、この後もお仕事あるのに、すみません」

「水くさいこと言うなよ香織。おめえがここで食堂をやってくれることが、おれたちにとっちゃ、どれだけありがてえことか」

「そうだそうだ。おめえは金も取らねえって言うしよ、おれたちゃ食材は持ってくるが、それでもタダ同然であんなにうめえもん食わせてもらってんだ。これくらいしなくちゃバチが当たるぜ」

「おう。自分たちで食べる場所を自分たちで広くするんだ。香織こうしょくが気にすることはねえよ」

 作業をする男たちは皆、うんうんとうなずく。


「そうさ、女たちもどれだけ助かっているか知れないよ」


 土間から大きな盆を持って出てきたのは、明梓だ。


「この辺りの女たちは、野良仕事やら、都の市場へ野菜やら着物の売り出しやら、なんかしら仕事があるからねえ。小さい子どもが安心して寄れて、ごはんまで食べられる場所なんてのは、涙が出るほどありがたいんだ。こういう、子どもから大人まで安心して美味しく食べられるものを、香織はちゃんと心得ているしね!」

 明梓はそう言って、男たちに盆から椀を配っていく。香織が今日の食堂用に作っておいた豚汁だ。


「俺たちも手伝う!」


 中から出てきたのは、明梓の子の勇史と鈴々、近所の子どもたちのガキ大将的存在の櫂兎だ。


 子どもたちは男たちに椀を配りつつ、自分たちの椀もちゃっかり確保して、庭の隅に座った。


「そなたら、椅子に座らぬのか? 土間にあるであろう」

「いいよ耀藍様。椅子は、中で赤ん坊のいる人たちが使ってんだ」

「おれたちは、ここで座って食べれるし」

「そうよ」

 三人は庭の地面に座り、早くもはふはふと豚汁を頬ばっている。


「そうか。卓子を増やせば、椅子も必要だな」

「そうなんです。皆さん、椅子も作ってくれるっておっしゃっているんですけど、椅子は数が多くて。作ってくださっている長卓子に合わせたら、十脚は必要かと思うんです。みなさんお仕事もあるだろうし、申しわけないので骨董市で見てこようかと――」

「そうか、よし! ちょっと待ってろ香織こうしょく!」


 耀藍ようらんは鉄鎚を香織に押しつけた。


「え? 耀藍様? どこ行くんですか? 耀藍様ー!」


 豚汁なくなっちゃいますよ、という言葉は、耀藍には聞こえていなかったようだ。

 香織が門を出て往来に出てみると、耀藍が移動術を使ったらしい光が、蝶の群れのようにきらめいていた。


 

――数刻後。



「なっ……どうしたんですかその椅子?!」

「ふっふっふ、どうだ。これだけあれば足りるであろう」


 華老師宅前、いつも耀藍が移動術を使ったあと出現する場所。

 そこに、たくさんの椅子に埋もれた耀藍が得意げに立っていた。

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