第六十八話 お惣菜三品・おかわり三回OKシステム



 主婦というのは、目分量を量ることに長けている。

 日々、戦場のようなキッチンに立つとき、いちいち調味料や食材をキッチンスケールで量ってはいられない。


 もちろんいちばん最初はCOOKPODや料理本などを見て、きちんと分量を量り、作り方を覚える。

 それが時間の経過と共に、作業に慣れ、味を覚え、調理時間が限れられてくると目分量で作るようになっていく。

 それは手抜きとかざつではなく、「この味でいい」ということを覚えるから。

 そうしてできるのが、その人の味、というものだろう。


 だいたいこれくらいという、手の感覚。舌の感覚。

 それらは個性であり、特技といっても差し支えない。



――と、香織は異世界に転生して、思った。



 妓女たちのまかないを作るにあたり、香織は油や砂糖やみりんをいつもより三割程度減らした。

 満足感が得られてカロリー削減もできる、ギリギリのラインで味を決めたのだ。



(わたしが「この味」という揺るぎない基準を持っているからこそ、できたことなんだ、きっと)

 


 調味料と器に盛る量を三割減らしたお惣菜を三回おかわりしても、若い妓女たちにとってはけっして食べ過ぎにはならない。

 そもそも健康的なお惣菜ばかりなので、カロリー超過もない。


「これで、しばらく食べてもらえれば、きっと妓女さんたちはもっときれいになる。ダイエットしているとお通じも悪くなるけど、それも解消できるだろうし」


 人事を尽くして天命を待つ。あとは「正々堂々と勝負する」と言った杏々たちを信じて、待つだけだ。



 この異世界では、長年主婦をやってきて培われたものが「技術」や「特技」となり「人様の役に立っている」という、しっかりとした手ごたえを感じられる。

(ほんとうに、ありがたいことだわ……)

 香織は信心深いほうではなかったが、それでも世界のどこかにいる神様に感謝せずにいられない。

 人生をやり直させてもらっていることに。

 主婦としての誇りともいうべきものを、思い出させてくれたことに。


 早朝から華老師宅の朝ごはんを準備しつつ、午前中の食堂の仕込みをして、お昼までは華老師宅の土間を借りた食堂で、近所の人たちにお腹いっぱい食べてもらう。

 午後は吉兆楼で、相変わらず辛好に叱り飛ばされつつ、店の仕込みを手伝う。


 そんな風にして、半月ほどがすぎていった。 


 そして、香織の考案した『お惣菜三品、おかわり三回OKシステム』は、予想以上に効果を発揮したのだった。



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