第五十五話 吉兆楼の厨騒動➀
「おい、この酢の物、なんかおかしくないか?」
客からそう言われたのは、開店直後に客を座敷に通した下っ端の妓女だ。
「あ、あら申しわけありません。もう一度お作りしますね」
愛想笑いでその場を取り繕い、
「こんなこと言われたこと、なかったけどなあ」
吉兆楼の料理は妓女と同じくたいへん評判がよく、妓女自身も吉兆楼の料理は最高だと思っていた。まかない飯も美味しい。料理人の
気になった妓女は、下げようとしていた器をじっと見る。
(一口、箸を付けていただけだもの。平気よね)
器の端っこをちょっとだけつまんで、口に入れる。
とたんに妓女は、盛大にむせた。
「なっ、なにこれ……こんなの食べられない!」
妓女は顔をしかめた。
♢
「
衣装の裾を持ち、
開店して間もなく、あちこちの座敷から「お通しの酢の物がおかしい」と客からの苦情が上がっているのだ。
「今、直してるよ」
辛好は落ち着いた様子で、しかし手は作業台の上を忙しく動いている。
「直してる? ということは、この後は大丈夫そうかしら?」
「ああ。もう少し、漬けておきたいが」
大量の酢の物を入れた盥の上に、薄茶色をした砂糖がまんべんなくまぶしてある。
「さっき、味を見た。作った直後に味見したときとは、別物になっていた。誰かが大量の酢を、ここに混ぜたらしい」
「なんですって?!」
「すまん!」
突然、頭を下げた辛好に、胡蝶は目を丸くした。
「ちょ、ちょっと辛好さん、どうしたの?」
「あたしは……ここを留守にしたんだ」
「なんですって?」
「その間、ここはあの小娘に任せていた。それでこんなことになった。これは、あたしの責任だ」
「ちょっと待って……ここには、香織が一人だったってこと?」
「夕方、あたしが帰るまでここを守っておくように言っておいた。
「そう……」
胡蝶は、少し考えるようにとがった顎に手をそえる。
花のような美しい
こういうときの胡蝶は、少なからず怒っている――辛好は長年の付き合いで、それがわかっていた。
「
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