第五十話 保存庫と漬物
「いただきまーす」
朝ごはんに、四人で手を合わせる。
今朝の献立は、
目玉焼き、青菜の胡麻和え、豆腐とネギと大根の味噌汁 キャベツときゅうりの浅漬け
「このキャベツときゅうりはパリパリとして、美味しいのう」
「うむ、おにぎりにも合うな! これはおかわり決定だ」
「あ……これ、昨日の夜のキャベツをリメイクしたものなんで、おかわりないんですよ」
「りめ……なんじゃ?」
「なに?! おかわりがないだと?! こんなにおにぎりに合うのに?!」
耀藍はすっかりしょげている。
「よ、耀藍様、そんなにしょんぼりされると……」
「漬物くらい、それこそおぬしは蔡家へ帰ればいくらでも食べれるじゃろう。早う帰って食ってこい」
「ちがうのだ! この、しんなりとした甘くしょっぱいキャベツに、塩味のきいたきゅうりのパリッとした歯ごたえ、これが食べたいのだ!」
「わかりました耀藍様、このあと作ります。ついでに今日、食堂で出しますね」
「おおっ、それはいい考えだな!」
「ふむ、皆喜ぶじゃろう。香織の作るこういう優しい味は、この辺りではないからのう」
リメイクした物がこんなに喜んでもらえるとは思わなかったが。
たしかに、佃煮の甘じょっぱさとしっかり塩もみしたキュウリの塩味がよく合って、箸が止まらない。
そのとき小英が、あ、と立ち上がった。
「忘れてた!」
小英は厨へ下りて、片隅に敷いてある
「え?! なにこれ?!」
後ろからのぞいた香織は思わず声を上げた。
筵の下に、木の板があって、それを取るとぽっかり穴が開いていた。
中には壺がいくつも並んでいる。
「これがあったこと、忘れてたよ」
小英が壺の蓋を開けると、発酵した漬物の匂いがぷんとした。
「うわ、美味しそう!」
「食べてみなよ。呉陽国じゃどこの家にもある漬物だよ」
少し手に取って食べてみる。少し酸っぱくて、けっこう辛くて、ほのかにしびれて。
発酵した香りが食欲をそそる。
「搾菜? とはちがうような……」
「搾菜よりも辛いだろ?
(へえ、この世界にも搾菜ってあるのね。この漬物も中華風だものね。さすが中華風の世界だわ)
中華風の漬物といえば「桃屋の搾菜」しか知らない香織は、泡菜が前世の中国にもあったのか、この世界特有のものなのかわからない。が、美味しいということはわかる。
「少し前に、患者さんの家で漬けていたものを分けてもらったんだ。香織が来てから厨に立つことがあんまりなくなったから、忘れてたよ」
小英が笑う。
「ここは保存庫なの?」
「うん。ちょっとひんやりしてるだろ。お日様の光もあたらないし、保存食とかはここに入れておくんだ。肉なんかも、ここに入れれば何日かはもつよ」
「ほんと?」
この世界には冷蔵庫がない、と思っていたので、これはうれしい発見だ。
「じゃあ今日は、お肉買ってくるね」
「えっ、肉?」
小英の顔が輝く。
(やっぱり男の子ね)
お肉が好きなんだ。育ち盛りだものね。
「塩屋さんにお弁当を届けに行くから、帰りにお肉屋さんにも寄れると思うんだ」
「やったあ!」
小英は大喜びだ。
「むう、そうか。そこに置いてある包みは、オレの午後の分じゃなくて塩屋の弁当だったのか」
耀藍は残念そうに厨の片隅の包みを見る。
「心配しなくても、ちゃんと耀藍様の午後分もありますよ。ていうか、今もおにぎり食べてるのに、飽きないんですか?」
「当たり前だ。言っただろう。オレはおにぎりなら何個でも食べられるぞ!」
「食べすぎなんじゃおぬしは。いったい朝からどれほど米を食うんじゃ」
いつものようにボケとツッコミをやっている耀藍と華老師の横で、香織は考える。
(お肉が買えるなら、食堂メニューもバリエーションが増えるわ。それと、食堂で漬物を出せたら最高ね!)
泡菜の作り方を、あとで明梓あたりに聞いてみようと香織は思った。
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