第二十二話 異世界の国事情➀



 子連れの女たちが帰ってしばらくすると、華老師と小英が帰ってきた。

「ただいまー」

 小英は土間に入るなり鼻をくんくんさせる。

「美味そうな匂い! 早く食べたいなあ」

「ちょっと待っててね。すぐに支度するからね!」

 二人が足を拭いている間にささっと三人分の食膳を用意する。香織もさっきからお腹がぐうぐう鳴っていた。

 居間に上がってきた華老師と小英が、食膳を見て顔を輝かせた。


「おお、美味そうじゃな」


 華老師は汁を一口すすり、はあー、と長く息を吐く。

「生き返るのう。大根と干し肉のうまみが口いっぱいに広がるのう」

 小英は大根葉を白飯と一緒にかきこみ、汁物も豪快にかきこむ。育ち盛りなんだなあ、と香織は微笑ましく思った。

「老師、この大根、干肉のうまみがとっても染みてて美味しいですよ!」

「うむ、この旨味は干肉だけではあるまい。昆布かな?」

「はい、華老師さすがです!」

 昆布出汁を使ったことに気付いてもらえてうれしい。昆布は貴重そうだったので、ほんの少ししか使わなかったからだ。

 香織は調理しながら疑問に思ったことを口にした。

「あの、華老師。昆布があるってことは、この国には海があるってことですよね……?」

 華老師は朗らかに笑った。小英はのどを詰まらせそうになってあわてて水を飲んでいる。

「なんじゃ、その辺りのことも忘れてしもうたのか」

「呉陽国に海って……華老師、やっぱり香織こうしょく、当たりどころが悪かったんじゃないですか? なあ香織、やっぱり蔡家に大怪我だって申し立てて賠償金をもらった方がいいよ」

「えっ、だ、大丈夫よ!」


 トラックや馬車に轢かれた痛みはほとんどなかった。死んでしまったことはショックではあるが、それは自分が「死」を予定より早く迎えたことによるものだ。


 むしろ、秘かに転生できたことを喜んでいる自分がいる。


 毎日、身も心もすり減っていくような生活から解放されて、こうして調理した物を美味しいと言ってもらえて、それが誰かの役に立っている。

 昼間にお昼を食べに来てくれた人たちの笑顔を思い出すと、心から感謝の気持ちがわいてくる。



 乾いたようなざらりとした感情しか日々抱けなかった前世とはまるで違う。

 ちゃんと生きている、という実感がある。



「それなのに賠償金なんて、とんでもないです!」

「それなのに、って……どこかどう話が繋がってるのかわからないけど、蔡家は大貴族五家の一つのとんでもない大金持ちだから、賠償金くらい言えばたくさんくれると思うぜ?」

「大貴族五家?」

「おお、そうじゃな。何も覚えておらんのじゃったな。では、ちいとだけこの国のことや周辺諸国のことを話そうかのう」

 華老師は口の中の物を飲み込んでから話し始めた。


「さっきの昆布、あれがやってくるのは東峰とうほう国じゃ。東峰国は海に面しておって、我が国の海産物と塩は東峰国から運ばれてくる。東峰国は小さな国じゃが、海産物と塩が我ら内陸の国々にとっては欠かせないものじゃからのう。

 しかし、このところ東峰国からの海産物と塩が、こちらに流れにくくなっておってのう。

 それが、おまえさんがこの呉陽国に流れてきたことと関係がある」

 あ、と香織は思い当たる。

「内乱があった、って言ってましたよね……?」

「その通りじゃ。風の噂によれば、皇位継承をめぐって争いが起きたと聞くが、詳しくは知らぬ。民をも巻きこんだ大きな戦じゃ。皇位継承なんぞ、民には雲の上の話だというに、とばっちりをもろに喰うのは弱き貧しき民じゃ。芭帝国と呉陽国との間には山脈と大河があるんじゃが、それを越えて芭帝国の民は命からがら、着の身着のまま逃れてきておる。可哀そうなことじゃ」

「香織もそのかわいそうな民の一人だろ。でも、香織は良い衣装着ていたから、きっと貴族とか大商家の娘かもしれないよな。そんな身分の人たちまで着の身着のまま逃げてくるなんて、芭帝国はよっぽど大変なことになってるんだろうな」


 小英が神妙な面持ちで言った。

 華老師と目が合う。どうやら、香織が芭帝国の後宮にいたらしいことは小英には話してないようだ。


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