第十九話 甘めの卵焼きと鋭いツッコミ
「さあ、これを先に食べててね。大根と干し肉の汁物と、大根葉の浅漬けよ」
勇史と鈴々に白い炊きたてご飯と一緒にそれらを出すと、二人はぱっと顔を輝かせた。
「いただきますっ」
よほどお腹が空いていたのか、すぐに箸を取って食べ始める。
「ちょっと待っててね、もう少しでこっちもできるから!」
卵焼きの具合を見る。もう少しで焼けそうだ。
前世、我が家の卵焼きは甘かった。
香織はどちらかというと出汁巻き卵や中華風卵焼きのようなしょっぱい卵焼きが好みだが、夫と子どもたちは甘めの卵焼きを好んだ。
だから自然と「我が家の卵焼きは甘め」となった。
甘めの卵焼きを作るには、けっこう驚くくらいの砂糖を投入する。
そうしないとしっかり「甘め」にならない。
香織の場合、卵の数だけ小さじ軽く一杯の砂糖、が基本だ。
今、卵を六つ割ったので、小さじに見立てた匙で砂糖を六杯すくう。
本当はここに調理酒とだし汁を入れるのだが、調理酒が見当たらないのでだし汁として大根と干し肉の汁物の汁を少しだけ入れる。
そうして作った卵液を、さっきから鍋を動かしつつ焼いているのだった。
前世と違いガス台じゃないので火加減が難しいうえに卵焼き器じゃないので、この場から離れられない。ちらと土間をのぞけば勇史も鈴々もしっかりしたもので、上手にこぼさず食べている。
むしろ手がかかるのは――卵焼きを焼いている香織の周囲をうろうろする麗人だ。
「なにやらいい匂いがしているが、オレにはご飯くれないのか?」
「耀藍様、さっき朝ごはん食べたじゃないですか!」
「良い匂いがすると腹が減るのだ。オレにも彼らと同じ物をくれ」
はいはい、と言いつつ卵焼きを作るのに忙しい香織は聞き流していたが、耀藍はオヤツをねだる猫のように香織の周りにいつまでもまとわりついて「ご飯くれ」とせがむ。
「もうっ、いい大人なのに子どもですか?!」
「大人でも腹は減るぞ」
「わかりましたから! 立ったままなんてお行儀悪いでしょう。あちらに座ってください!」
「やったー」
怒られているというのに、耀藍は喜々として勇史と鈴々の隣に座った。
こんがりと卵焼きも焼けたので、それを切り分けて大き目の皿に乗せて、耀藍のご飯と汁物と一緒に三人のところまで運んだ。
「うわあ、卵焼きだ!」
三人はうれしそうに顔を輝かす。
「アレルギーとか大丈夫?」
三人はきょとん、とした。
「あれるぎー?」
「あれるぎーとはなんだ、香織」
香織はしまった、と思う。そうだここは異世界。アレルギーという言葉は通じないようだ。
「ええと、つまり……卵を食べて具合が悪くなったりしないか、ってこと」
「ああ、それなら大丈夫だ」
「俺も大丈夫。鈴々も大丈夫だよ」
「そっか、よかった。じゃあどうぞ召し上がれ」
三人は卵焼きを一口食べて目を丸くした。
「甘い」
「あまいね」
「甘い卵焼きなど、初めて食べた……」
三人の反応に「しまった、ダメだったか」と落胆しかけたが、次の瞬間、耀藍が叫んだ。
「なんだこれは!! すごく美味いぞ!!」
「うん、そごく美味しい!」
「おいしい!」
三人は奪い合うように卵焼きに箸を伸ばし、最後の一切れはジャンケンで(ジャンケンはこちらの世界にもあった!)勝った鈴々がほっぺたをぱんぱんに丸くして食べ、あっという間に全部なくなった。
約一名、大人なのに地団太を踏んでいる耀藍をのぞけば、二人はニコニコととても満足そうだ。
「とっても美味しかったよ。ごちそうさま」
かわいらしい兄妹二人は揃って手を合わせる。
「母ちゃんの言ってた通りだった。香織の作るご飯、美味しいね」
「おいしいね」
「よかった。また食べにきてね」
香織がしゃがんで目線を合わせると、二人はうれしそうに頷いて帰っていった。
小さな二つの影を見送っていた香織は、はあ、と息を吐いて振り向く。
「いいかげん、機嫌なおしたらいかがですか耀藍様」
土間の隅で膝を抱えていじけている大きな背中に問いかける。
「うう、だって……だって、オレの卵焼きがっ……」
「もう。そんなにがっかりなさるなら、また作りますから」
なにしろ耀藍は籠いっぱいに卵を持ってきてくれている。まだまだたくさんある。
「本当か?!」
「本当です。だからもういじけるのはやめてください」
「いじけてない……ううっ、ありがとう香織」
耀藍が香織の肩をがし、と両手でつかんだ。アクアマリンの瞳がじっと香織をのぞきこむ。
「な、なんですか」
さらりとこぼれた月光のような銀色の髪が、香織の鼻先をかすめる。
「香織ってなんだか……」
「な、なんだか?」
「……お母さん、みたいだな」
ぎく。
心臓が飛び出そうになる。
意外と鋭い耀藍様……いやいや! 今の私は推定16歳の少女だから!
「な、なななにをおっしゃいますか耀藍様! こんなうら若き乙女をつかまえて!」
うら若き乙女、って言い回しがオバサンぽい! うう、ミスったか。
「いやもちろん、香織は乙女だが」
「そーそそそそーでしょうとも!」
「芭帝国後宮の女人というのは、皆、そういう母性を持っているのか?」
一瞬、頭が真っ白になる。
(なぜそれを?!)
首の後ろの印のことは華老師と香織以外、知らないはず。
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