第9話 晴れときどき卵焼き

「たまには早起きもいいもんだね」


 凛斗りんとはいつもよりも一時間早くセットしたアラームの音で目を覚ますと、ベランダに出てまだ少しひんやりとする風で目をこじ開ける。

 昨日、たまには弁当作りをすると言った手前、眠いからやりたくないとは言えないのだ。

 もちろん、眠いことには眠いが、普段から千夏ちなつはこれくらいに起きているのだと思うと、弱音なんて心の中ですら吐けない。

 冷水をパシャパシャと顔にかけ、菓子パンを頬張りながら制服に着替えて家を出る。

 それから隣の添木そえぎ家へと、かつて取り出したことすら無かった合鍵を使って侵入……いや、お邪魔させてもらった。


「ものすごく罪悪感はあるけど、向こうも勝手に入ってくるしいいよね」


 そんな小声の独り言を呟きながら、千夏の部屋に忍び込んでアラームを一時間遅くに変えておく。

 彼女が起きてしまっては、弁当を代わりに作る意味がなくなってしまうから。しっかりと休ませてあげなくては。


「エプロンは千夏のを借りればいいかな。作るメニューはいつも冷蔵庫に貼ってあるはず……」


 記憶を頼りに材料と道具を探し、料理サイトを見ながらせっせと調理を始める。

 冷凍食品類はレンジでチン。順番にやりながら、卵を溶いて軽く油を敷いた四角いフライパンの中へと流し込む。


「なるほど、一気に入れるとダメなのか」


 卵を敷いては巻き巻き、敷いては巻き巻き。それを繰り返していき、卵が無くなる頃には見覚えのある卵焼きが完成していた。

 若干形が歪で焦げもついている気がするが、きっと食べてしまえば同じだろう。

 そう思いつつも、申し訳ないので一番不出来なやつは自分の弁当箱に入れておいた。


「えっと、ご飯はこっちの容器に入れるんだっけ」


 冷凍食品のたらこスパゲティを取り出したレンジに、ご飯をよそった弁当箱を入れて温め。

 温まった冷凍食品はおかずの容器に並べて、卵焼きもこの辺りに――――――――。


「あれ、入らない。おかしいな、千夏はいつもこの量を入れてるはずなのに……」


 無理やり入れようとすると卵焼きが潰れてしまいそうだし、だからと言って冷凍食品を抜くわけにもいかない。

 きっとどうにかなるだろうと奮闘していた凛斗は、自分用の卵焼きをお箸で崩してしまったところで、トントンと肩を叩かれた。


「っ……あれ、千冬ちふゆ?」


 集中していたせいで足音に気付かなかったのかもしれない。彼女は人差し指を唇に添えながら弁当箱を覗き込むと、彼の手から箸を受け取ってせっせと配置換えをしてくれる。

 些細なことのように思えるかもしれないが、意外なことにこれだけできっちり卵焼きが入るスペースを作り出せた。


「千夏ちゃんのお弁当、普段からちゃんと見てないからこうなっちゃうんだよ」

「……ごめん」

「だけど、感謝の気持ちはちゃんと届くはず。これからは目でも味わうように」

「了解です、千冬教官」


 凛斗がピシッと敬礼をすると、彼女はクスクスと笑いながら小走りで二階へと戻っていく。物音を聞いてわざわざ降りてきてくれたのだろうか。


「……いや、違うか」


 振り返った時にチラッと見えた棒状の何か。あれは恐らく、不法侵入者がいるのではないかと準備してきた武器だ。

 厳密には間違ってはいないのだが、もし黒ずくめなんて怪しい格好で入ってきていたなら、あれで仕留められていたのかもしれない。


「千冬は用心深いからなぁ」


 何はともあれ、これでお弁当は完成した。サイトに書いてある通り、熱々のものはある程度冷ましてから蓋をする。きっと千夏も喜んでくれるはずだ。

 そんな気持ちでワクワクしていた凛斗だったが、それから数分後。


「なんでアラーム鳴らなかったのよぉぉぉぉぉ!」


 大慌てで飛び込んできた混乱状態の彼女から、悪気のないラリアットを食らわせられることになるとは知る由もなかった。

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