第8話 嘘は時に自分の心を摩耗する

 食事の後、せっせとお皿を運んでくれる千冬ちふゆに「僕がやるよ」と洗い物の役を代わってもらった。


「何よ、いい所見せようとしちゃって」

「そういうのじゃなくて、たまにはご飯のお礼くらいしたいなって。二人は向こうで休んでて」

りんくん、ありがとう」

「お皿割ったら弁償させるから」


 相変わらず最後まで憎たらしい千夏ちなつと、ぺこりと頭を下げてから出て行ってくれる千冬。

 そんな二人に嘘をついた罪悪感を抱きつつ、彼女たちの使ったコップに隠し持っていた検査キットを使って指紋を採取する。

 しっかり観察していたから分かるが、お茶を用意してくれたのは千夏。そのため千冬のコップからは二人分の指紋が検出されるはず。

 アルミニウムの粉を付着させ、両方から見つけられる限りを専用の粘着フィルムを使って取る。

 全て終わったら手早くキットを片付け、絶対にバレないよう綺麗にコップを洗って証拠隠滅を―――――――。


「その粉、何?」


 背後から声を掛けられ、驚きのあまりキットを落としてしまう。

 それを拾い上げた声の主……千冬は中身が何なのかを確認すると、丸くした目をこちらへ向けてもう一度聞いてくる。


「この粉、何?」


 コップにはまだキラキラとした粉が付着していて、机の上には明らかに採取したての指紋が置かれてあった。

 どう頑張っても言い逃れなんて出来ない。けれど、優しい千冬なら事情を話せば……。

 そこまで考えてやっぱり首を横に振る。怪しいのは千夏かもしれないが、千冬があの殺害予告を書いていないという証拠はまだ無い。

 もしも彼女が犯人だったとしたら、二人きりなこの状況で何かされないとも限らなかった。何せ、すぐ後ろにはまだ洗う前の包丁が置かれているのだから。


「えっと、その……」

「私たちの指紋を取ってどうするの? 最近の凛くんは何かおかしいよ。何かあるならはっきり言って」


 問い詰められても真実を言うことは出来ない。だったら、嘘を口にする以外に選択肢は無かった。

 問題は何を言えば信じさせられるかだ。後から掘り返されるようなことがあってはならない。


「いや、二人の指紋が必要だった理由は……」

「理由は?」

「……実は指紋から二人の相性が分かるって知り合いに言われてさ。ほら、面と向かって取らせて欲しいなんて気持ち悪いかなって」


 さすがに無理があるか。凛斗は心の中で詰め寄られる覚悟をしていたが、意外なことに返事は「なるほど」という一言と頷き。

 そう言えば、千冬は昔から占いだの相性診断だのが好きだった。極限状態で頭が混乱していたが、なんだかんだ最良の嘘を選べていたらしい。


「千冬、テレビ見ないの……って何やってるのよ」

「千夏ちゃん、凛くんが私たちの指紋で相性を調べてくれるんだって。どうせなら全部の指紋を取ってもらおうよ」

「凛斗、あんたそんなことでコソコソしてたの? 何か怪しいとは思ってたけど、つまらないのは顔だけにしときなさいよ」

「ご、ごめん……」


 申し訳ない気持ちで頭を下げることにはなったが、結果的に二人とも両手の指紋を取らせてくれた。

 おかげでどれがどの指のものかも分かるし、後で二人のを精査する必要も無い。

 相変わらず罪悪感はすごいものの、千冬の占い好きに助けられてしまった。


「あれ、千夏の指紋は上手く取れてないのが多いね」

「凛斗のお弁当を作る時とかに朝から水を触るじゃない? そのせいで指が荒れるのよ、手袋をするようにしてから少し治ってきてるけど」

「……なんか、いつもありがとう」

「何よ気持ち悪い。別にやらされてるわけじゃないんだから、かしこまらなくていいわよ」

「ムフフ、二人は本当に仲がいいね♪」

「「良くない!」」


 結局、千夏の指紋の中でしっかり取れているのは3つだけ。散々喧嘩しておきながら、こんなになるまで頼ってしまった自分が情けない。

 それに、荒れに気付かなかった自分がどれだけ彼女のことを真っ直ぐ見ていないかということも痛感した。

 こんな酷い幼馴染になら、あの殺害予告を書きたくなったとしてもおかしくないのかもしれない。

 むしろ、よく文字にする程度で我慢してくれている方だ。吐き出したいのも山々なはずなのに。


「今度、僕が千夏に弁当を作るね」

「はぁ? 無理無理、早起きすら出来ないわよ」

「頑張るから」

「そこまで言うなら食べてあげないこともないけど。でも、最低限の味は保証しなさいよ」

「分かってるよ。少しでも僕が代われるようになったら、指も早く治ると思うからさ」

「…………ほんと、バカみたい」


 そっぽを向きながらそう呟く彼女に、凛斗が思わず頬を緩めたことは言うまでもない。

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