第7話 親の目は子離れ知らず
手紙からいくつかの指紋を取り、それを保管してもらうことにして、
警察のように指紋データを持っていれば別だが、今回はそれが無いため集める必要がある。
本人のものであることが確実な指紋を取るには、近付ける人間がやる以外に方法は無かった。
「確か、夜に電話がどうのって言ってましたよね?」
「あ、すっかり忘れてた。親に近況報告をね」
「なら、家に行くチャンスです。そこでコップでも何でも、その人物だけが触ったものを確保して指紋を確保すればいいです」
「僕に出来るかな……」
「使い方を書いた紙を入れておきました。あなたのような猿でも分かるはずですよ」
「それはどうも」
「…………」
「……はいはい、ウキキ」
「いい返事です、猿以下の割には」
「この評価はどこまで下がるんだろう」
猿扱いは納得がいかないが、ここで協力を辞められても困るので大人しく従っておく。
いずれ全て解決した暁には、今感じている不満を全てお返ししてやると胸に誓いながら。
「ほら、早く帰った方がいいんじゃないですか?」
「あ、もうこんな暗くなってる」
「今更気付いたんですか? 本当にノロマですね」
「悪かったね。じゃあ、また明日!」
軽く手を振りながら駆け足で図書質を後にする凛斗に、美鈴は「騒がしくしないで下さい」と言いながら右手を少し掲げる。
背中が見えなくなってからその手を左手で掴んだ彼女は、そっと胸に押し当てながらゆっくりと息を吐いて目を閉じた。
「……男の子と上手く話せてたかな」
少し前までとは随分と違う弱々しい口調でそんな言葉を零したことを知るものは誰も居ない。
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「遅くなってごめん」
大慌てで
どうやらもう通話は始まっているようで、スピーカーモードにした途端『女性を待たせるなんてどういうこと!』という声が聞こえてくる。
「女性って、母さんなんだから……」
『お母さんを大事に出来ない男が、他の女の子を大事に出来るのかしらね』
「こっちにも色々事情があるんだって」
『まあ、お母さんは別にいいわ。そこにいる二人にはまたせたことを謝りなさい』
「……ごめん、二人とも」
ぺこりと頭を下げると、千夏と
『それでいいわ。それで、三人とも何か困っていることは無いかしら』
「私はありません」
「私も特には」
「僕は……まあ、無いかな」
一瞬、手紙のことが頭を過ったが、ここにいる二人のどちらかが息子を殺したいほど嫌っているだなんて、離れて暮らしている母親に伝えても不安にさせるだけだ。
どの道どうしようもないだろうからと黙っているつもりだったが、やはり親というものは子供のことを感じ取れるのかもしれない。
『少し凛斗と二人で話させて』と言われて千夏がスマホを渡し、一人になれる場所へ移動するとこう聞かれた。
『凛斗、女というのは嘘が得意な生き物よ。目に見えるものだけが真実を表しているとは限らないわ』
言葉の意味が分からなくて聞き返そうとしたが、『中間テストの結果を楽しみにしてるから』とだけ伝えてすぐに切られてしまう。
まるで何かを知っているかのような言い方だったけれど、一体何の真実のことなのだろうか。
「凛斗、おばさんはなんて?」
「ああ……えっと、中間テストの点数が悪かったら生活費減らすってさ」
「そう言われてヘラヘラしてることが信じられないわ。もし飢え死にしそうになっても、私は助けてあげないから」
「千冬は助けてくれるよね?」
「その前に頑張ろっか」
「……はぃ」
二人とも繕った嘘を信じてくれたようだが、真面目な厳しさを見せられて少ししゅんとしてしまう。
まあ、幼馴染からご飯を恵んでもらうなんて情けないことをする訳にはいかない。
そんなことを思ったりもしたが、よく考えればあれだけ喧嘩している千夏にご飯を作ってもらっている時点で尊厳もプライドもないからいいかと諦めの気持ちがそれを丸め込んでしまった。
「今、いざとなったら助けてくれるでしょとか思ってるわね」
「もしかしてエスパー?」
「何年の付き合いよ。凛斗の馬鹿みたいな考えは手に取るように分かるわ」
「じゃあ、今何考えてると思う?」
「…………お腹空いた、でしょ」
「え、怖っ」
ここまで来たら指紋の件まで見透かされるのではないか。そんな恐怖に身震いしつつ、二人が用意していてくれたカレーライスを美味しく頂く凛斗であった。
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