第6話 毒も啜らにゃ抗体は出来ぬ
「それで、どうですか?」
ようやく両方のノートと手紙を見比べ終えた
やっとかと言いたげなその表情に少しのイラつきを覚えつつ、彼はなるべく顔に出さないようにしながら首を横に振った。
「薄々察してはいたけど、二人とも真似したみたいに癖まで同じだから分からない」
「骨折り損ですか。だったら、私に考えがあります」
「考え?」
彼女はどうやら単に本を読んでいただけでは無いらしい。手に持っていた小説のとあるページを開くと、そこに描かれた描写を指でなぞって見せる。
文学少女なだけに綺麗な指先だな……なんて思いつつ内容に目を通してみれば、どうやら主人公はなんだかんだでいつも警察と協力する探偵らしい。
そして凶器から指紋が検出されなかったことが何よりの証拠だ的なセリフを口にしている。
ちょっと展開が気になってページを捲ろうとするが、その手を定規でペチンと叩かれてしまった。
「もし、その手紙から指紋が取れれば、さすがにどちらが書いたのか分かるはずです」
「そんなに上手くいくかな。書かれてからそれなりの日数が経ってると思うよ?」
「指紋はプラスチック等に着いた場合、早ければ数週間で酸化してしまいます。しかし、紙に付着したものは長くて数年持つんですよ」
「へえ、知らなかった」
「私も小説の受け売りですが。手紙を見つけたタイミングと字からして数週間も経っていないと考えれば、破れていない方からは間違いなく取れます」
「修復した方は美涼の指紋が着いてるもんね」
「呼び捨てですか、キモイですよ」
せっかくだから距離を詰めようと思い切ったのだが、さすがに女の子からこのセリフを吐かれるとそこそこ傷つく。
凛斗がしゅんとしながら「ごめん……」と謝ると、向こうもさすがに言いすぎたと思ったのか「苗字なら呼び捨てでいいですけど」と言ってくれた。
「じゃあ、八雲?」
「……少し寒気がしますがいいでしょう。私を呼び捨て出来るなんて、あなたは光栄に思って下さい」
「他に呼んでくれる人がいないだけじゃ……」
「友達がいない自虐は本人がするから成立するのであって、他の誰かが言えば単なる友達ハラスメントですよ。分かっていますか、大体――――――」
「ごめんごめん。そんなに気にしてるとは思ってなかった、もう言わないよ」
「次言ったら殺しますからね」
「そんなに?! この歳で二人から殺害予告されるなんて、僕は前世でどんな悪行を働いたんだろう……」
凛斗の心からの嘆きに美涼は「ラブレターを受け取ってる時点で極刑ですよ」と冷たい目で睨んでくる。
裏を返せば単に羨ましいと思っているだけなのかもしれないが、別に受け取った訳じゃなくて飛んできただけなのだから優越感も何も無い。
もっと言えば、ラブレターと殺害予告で相殺するどころかマイナスが勝っているような気さえする。
彼女たちは双子だと言うのに、どうしてこうも全てが正反対になるのだろうか……。
「話は戻りますが、偶然にもちょうどここに指紋採取キットがあります」
「どうしてそんなものを持ってるのかは聞かないでおこう」
「何ですか。私が汚らわしい男とイケナイ関係になって、指紋を証拠に脅しているとでも?」
「そんなこと微塵も思ってなかったけど、言われたらそうとしか思えなくなったよ」
「安心して下さい。私は男という汚物に触れることはありませんし、触れたいとすら思いません」
「そう言われると触りたくなっちゃうなぁ」
「ぶち殺しますよ」
「……ごめんなさい」
眼球スレスレの位置に突きつけられたピンセットに腰を抜かしそうになる彼を、美涼は一層冷たさを増した目で見つめる。
それから「汚物を3秒も見てしまいました」と目薬を差し始めたかと思えば、コンタクトを外して洗浄液に浸すほど。
ここまでされたら傷つくどころか、一周まわってスカッとする。協力者としての信頼は失われていくばかりだけれど。
「では、指紋の採取を始めます。こちらにノートと手紙を渡して下さい」
「よろしくお願いします」
「嬲り殺しますよ」
「いやいや、何が気に障ったの?!」
「二度と敬語を使わないで下さい。馬鹿にされている気分になります」
「そっちは使うくせに……」
「馬鹿にしていますが何か?」
「……うん、むしろ気持ちがいい」
そろそろ彼女の毒にも慣れてきたのか、それともそういう素質があったのか。
言われ過ぎて何も感じなくなってきている自分に、少しの危機感を覚える凛斗であった。
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