第4話 隠し事には犠牲が付き物

千夏ちなつ、ちょっと待って」


 放課後、ホームルームが終わると同時に千冬ちふゆの手を引いてさっさと帰ろうとする千夏を教室の前で呼び止めた。

 彼女は面倒くさそうに振り向いて、「話ならRINEにして」と歩き出そうとするが、千冬が話を聞いてあげようよと言い出すと仕方なさそうに足を止めてくれる。


「で、なに?」

「あのさ、もう少し愛想良くできない?」

「どうして凛斗りんとなんかに愛想良くしないといけないのよ。面倒だし疲れるからお断りね」

「そんなんじゃ彼氏なんて出来ないよ」

「そっちこそ彼女居ないくせに」

「僕は欲しがって無いし」

「……あっそ!」


 千夏はぷいっと顔を背けると、スタスタと一人で歩き出してしまう。

 その姿に慌てて「国語のノートを貸して欲しいんだけど」と言うと、ものすごい勢いで赤色のノートが飛んで来て額にぶつかった。

 当たりどころが悪かったら普通に危険だ。さすが殺害予告の容疑者(仮)……そういうことも躊躇わないのかもしれない。

 そんなことを思っていると、千冬が赤くなった額をやさしく擦りながら「凛くん、大丈夫?」と心配そうな目で見てきた。


「ありがとう。全然平気だよ」

「良かった……。それにしても、ノートなら私が貸してあげるのに」

「千冬には数学のノートを借りたいんだ」

「数学? 宿題もないのにどうして?」

「今日の授業、ウトウトしちゃってさ。千冬は数学が得意だから、きっといいノートだろうなって」

「そんなことないよ。でも、困ってるなら助けるしかないよね」


 彼女はそう言ってカバンの中を漁ると、見つけ出した青色のノートを差し出してくれる。

 やはり二人の好きな色は昔から変わっていないらしい。千夏にも可愛いところはあるななんて考えつつ、凛斗は千冬にお礼を言って図書室へと向かった。

 手紙の件が人にバレたら面倒なことになる。図書室なら静かに過ごしたい人しか来ないし、そもそもその人数も極わずか。

 こちらが何やら解読作業らしきことをしていたとて、興味を持つ人なんて居ないに等しいだろうという考え方の元の選択だ。

 しかし、事件が起きたのは着席して赤色のノートを広げたちょうどその時のこと。


「凛斗!」


 突然図書室に入ってきた千夏は、こちらを見るなり大声で名前を呼びながら駆け寄ってくる。

 そして「ノートを間違えて渡しちゃって……」と机の上からノートを奪い取ろうとするが、この下には例の手紙が置いてある。

 それを見られてしまったら、コソコソとしている意味がなくなってしまうだろう。

 窮地へ追いやられてフル回転した凛斗の脳はノートを止めることは出来ないと判断すると、すぐさまその下へ手を滑り込ませて紙を回収した。

 それでも持っているだけで怪しまれることは間違いないため、ぐしゃぐしゃに丸めてしまう。ついでに「こんなのじゃダメだ!」という言葉も付けて。


「急にどうしたのよ」

「えっと、実はラブレターを書いてるんだ。その文章が思い付かなくてね」

「へえ、そういう相手が居たのね。見せてみなさいよ、確認してあげるわ」

「千夏に見られたら恥ずかしさで死んじゃうって」

「いいからいいから、誰宛なのよ」


 あえてラブレターという嘘で反応を伺ったが、彼女の表情は何も変わらない。

 ということはやはり、自分を好きという内容の手紙を出したのは千夏では無いのだろう。

 凛斗は心の中でそう呟きつつ、ラブレターに興味を持って前のめりになったところで第二の作戦を決行する。

 目の前で手紙をビリビリに破いたのだ。せっかくのノートとの見比べは出来なくなるが、興味を持ったら引かない彼女が読めなくしてしまうにはこれ以外に方法は無かった。


「ああっ! なんてことをするのよ!」

「どうせダメなんだ、ラブレターはやめる」

「そう? 玉砕する凛斗を見たかったのに残念ね」

「性格悪いにも程があるよ。まあ、とにかくノートはありがとう。勉強してから帰るよ」

「夜の電話には間に合うようにしなさいね」

「分かってるよ」


 小走りで立ち去っていく彼女の背中を見送り、破り捨てた手紙を拾い集めようと足元を見ると、何故か綺麗さっぱり無くなっている。

 一体どこに行ったのかと周りを見回してみると、何故かそれらの紙切れらしきものを両手で作った器に入れて返却カウンターへと持っていく女子生徒の姿が目に映った。

 おそらく放課後に司書の先生の手伝いをしている図書委員だろう。床を汚されたから怒っているのかもしれない。

 そう思って謝りに行ったのだけれど、カウンターから体を乗り出して声を掛けようとした凛斗は目を丸くすることになる。


「……え?」


 だって、バラバラになっていたはずの手紙がものすごいスピードでパズルのように修復されていく様を見せつけられたのだから。


「はい、完成です」

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