第3話 エマージェンシー!デッドラインに気を付けて

 あれから半日、二人の様子を観察してみたものの、特にいつもと変わった様子は見られなかった。

 それもそのはず。彼女たちは手紙が自分のものであることは認めているが、それを凛斗りんとが読んでしまったことは知らない。

 風で飛ばされてどこかに行ってしまったから、誰にも見られていないと思っているのだろう。

 それ自体は知られると身が危ない彼にとっても好都合ではあるが、いつも通りに過ごされるとヒントすら読み取れないのが困りものだ。


「凛斗、弁当食わねぇのか?」

「今日はちょっと食欲が無くてね」

「風邪か? 俺がチューして間接的に千冬ちふゆちゃんに伝染してやってもいいぜ」

「悪魔か。というか、千冬とキスしたいだけでしょ」

「そりゃ、我が二年A組の天使だからな! ここにいる男なら誰だってそう思うだろ」

「確かに可愛いとは思うけどさ」

「スカしやがって、このこの!」


 秋山あきやまはそう言って肘で脇腹を突いてくるが、別に恥ずかしくて自分の気持ちが口に出来ていない訳では無い。

 昔からずっと一緒に育ってきているからこそ、可愛さを理解していたとしても、他の男子のように付き合いたいなんて気持ちは湧かないのだ。

 どちらかと言うと守ってあげたいに近いのかもしれない。無論、千夏ちなつに対してはそんな感情微塵も抱かないけれど。


「食べないなら貰ってもいいか?」

「別にいいけど、よく食べるね」

「育ち盛りだからな」

「へぇ」

「ぜってぇにお前を追い抜いてやるからな」

「勝手に対抗心燃やされても困るよ」


 凛斗の身長は秋山よりも少し高い。本当にこれから育つのであれば追い越せるだろうが、今年の初めに行われた身体測定で嘆いていた記憶がある。

 おそらく夢は夢のままで終わるだろう。そんなことを思っていると、数学委員の和樹かずきくんが今日までの宿題をやったノートを回収しに来た。昼休みまでに提出しないといけないのを忘れていたらしい。

 ちゃんと忘れずに……と言うより、千夏のお節介のおかげで思い出してやってきた凛斗は提出出来たが、秋山の方はすっかり忘れていたようだ。


「ごめんごめん、秋山はトイレに行ってて回収出来なかったって伝えといてくれ」

「ええ……」

「放課後に自分で持っていくからさ!」

「わかったよ、自分で謝ってよね」


 和樹くんはそう言って小走りで教室を出て行く。そんな後ろ姿を見送ってから秋山の方へ視線を戻すと、彼はせっせとノートに宿題を書き込み始めた。

 遅れれば怒られることは間違いないが、頑張っているのなら少しは勘弁してもらえるだろう。

 しかし、なぜ二冊もノートがあるのだろうか。


「って、これ僕のノートじゃん! 何勝手に抜き取ってるの」

「いいだろ、減るもんじゃないし」

「出し忘れで平常点は減らされるよ?!」

「ケチケチすんなって」

「ケチケチさせてる人に言われたくない!」


 数学の先生は怒ると怖いのだ。宿題を忘れた日なんて、腕を組みながらすごく説教をされる。

 あの嫌なドキドキはもう御免なのだ。

 凛斗は慌ててノートを奪い返すと、「見捨てないでくれぇぇぇ!」と嘆く秋山を無視して和樹くんを追いかけた。

 可哀想だと思う気持ちがない訳では無いが、自分の身には変えられない。

 結局は彼もお人好しなもので、せめてもの救いになるようにと、渡す前に写真を撮って送ってあげたのだけれど。

 教室に戻るなりすぐに秋山から「仏様や……」と拝まれる最中、彼はとあることに気が付いた。


「……そうか、ノートだ」


 千夏と千冬の字は似ているが、さすがに全ての癖が同じという訳では無いだろう。

 ならばノートを見せてもらうことが出来れば、手紙と見比べて確信を持つことが出来るやもしれない。


「そうなればノートをどうやって借りるかだな……」

「ノート? 俺は貸さねぇぞ」

「言われなくてもアッキーのは借りない」

「借りるのは胸だけにしとけってか」

「……ごめん、ちょっと無理」

「その拒否の仕方、地味に傷付くからな?」


 作戦決行は今日の放課後、帰る前に借りて学校で確認してから帰ろう。

 心の中でそう呟きつつチラッと見ると、何故か千夏と目が合って彼女の方がふいっと顔を背けた。

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