第2話 犬も歩けば棒に当たりたくない

「お、おはよう……」


 いつも通り、偶然にも同じタイミングで家から出てきた千夏ちなつ千冬ちふゆに挨拶する声が震える。

 いつも通りを心掛けようとしても、カバンの中に入っている二枚の手紙の内容が過ぎると、何も知らなかった頃の自分を演じるのが難しく思えた。


「おはようございます、りんくん」

「おはよう、千冬。あれ、珍しく寝癖がついてるよ」

「な、直し忘れちゃったんだもん。見ないで……」


 照れたように頬を赤く染めながら寝癖をギュッギュッと押さえ付けるものの、やはりぴょこんと起き上がるソレにしゅんとしてしまう千冬。

 やはりどう考えても彼女が殺害予告の方の手紙を書いたとは思えない。かと言って、もう一枚がしっくり来るわけでもなかった。しかし……。


「ちょっと凛斗りんと、あんた紙を見なかった?!」


 千冬との会話で少し心が解れてきた凛斗の胸ぐらを突然掴んできた千夏なら、あの恐ろしい手紙をお遊びでも書きかねない。

 おまけにどうやら手紙を無くしたことに気が付いたらしい。これほどまでに焦っているということは……なんて深読みをしてしまう。

 けれど、確信が持てない以上はどちらの手紙も突きつけるわけにはいかない。

 殺意がバレたと分かれば死期が早まるだけで、逆に好意を持ってくれてるんじゃないかと勘違いしたなら、それはそれで殺意を高めることになるだろうから。

 万が一彼女が恋文の方の書き主だったとしても、殺害予告したのかと疑えば殴られるし、好意を知ってるぞと言えば恥ずかしさで殴るかもしれない。

 どの道危険な橋を渡らなくてはならないのだ、言わぬが花というのはこういう時に使うべき言葉なのだろう。


「そう言えば、私も手紙を無くしたんだよね。どこに行っちゃったんだろう」


 鞄の中にあります……とは言えない。千夏に伝えるのが危険だと言ったが、それは相手が千冬だもしても同じこと。

 殺害予告だなんて疑えば、おそらく千夏に悲しませたことが伝わって殴られる。恋文を突きつけても、千冬を奪うなと殴られる。

 唯一助かる方法があるとすれば、手紙を一切突きつけることなく恋文の書き主を当てることだろう。

 何年も一緒にいて殺意に全く気付かなかった自分にそんなことが可能なのか……という疑問は持たざるを得ないけれど。


「いやぁ、知らないかな。そんなに大切なものだったの?」

「そういうわけじゃないよ。でも、あまり人に見られたくは無い内容かも……」

「そう言われると気になっちゃうね」

「はいはい、変態が伝染るから離れなさい」


 またも千夏に割り込まれ、会話は強制的に中断される。もはや殺害予告犯はこっちで間違いないのではないだろうか。

 そんな考えが浮かんでは来るものの、正直幼馴染を疑いたくなんてない。

 二枚の手紙なんてのはどこから飛んできただけで、単に二人の手紙は見当たらないだけなのではないか。そんな期待さえしてしまう。

 けれど、あの紙は凛斗がプレゼントしたものに間違いないし、字の癖だって何度も何度も見てきたから見間違えようがない。

 間違いなく双子の幼馴染は自分を【溺愛/殺害予告】している。そして今も、その感情を隠しながら接しているのだ。


「そうそう、今日はお母さんに電話で近況報告をする日だから。ちゃんとウチに来るのよ」

「別にいいよ、元気だって伝えといて」

「ダメだよ、凛くん。お母さんは凛くんと話せるのを毎月楽しみにしてるんだから」

「……まあ、千冬がそう言うなら」

「私も言ったでしょうが」

「千夏に言われても響かないっての」

「はぁ?! そんなこと言うなら、二度とミネストローネ作ってやんないから!」

「だったらこっちだって頼まれても二度とマッサージしてあげないし」

「それは話が違うじゃない!」

「そっちが先に言い始めたんだからね」

「「ぐぬぬ……」」


 互いに睨み合う凛斗と千夏を、千冬が「まあまあ、まあまあ」と宥めてくれる。

 けれど、その表情が何だか楽しそうで首を傾げると、「ごめんね、仲良しだなぁと思って」と微笑まれてしまった。

 こんなことを言われれば、二人とも喧嘩する気なんて失うというもの。

 渋々ではあるがお互いに「ごめん」「悪かったわ」と謝り合う様子に、彼女はウンウンと満足げに頷く。


「二人ともえらいえらい。仲直り記念に私がミネストローネを振舞ってあげようかな」

「「それだけはやめて」」

「……そ、そう?」


 拒まれてしゅんとしてしまう姿を見るのは心苦しいが、自分たちの命の方が大切だ。

 あの時食べた地獄のような味のするミネストローネのことを思い出しながら、ブルブルと身震いをする二人であった。

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