第1話 二枚の手紙

 ある日の朝、寝ぼけ眼を覚ますために窓を開けた凛斗りんとは、暖かな春の日差しに包まれたまま再びウトウト。

 ベランダで二度寝してしまいそうになり、何とか両頬をつねって目を覚まそうとしていると、1mほど向こうにある二つのベランダにそれぞれ見慣れた顔が現れた。


「おはよう、りんくん」

「うん。おはよう、千冬ちふゆ

「仕方ないから挨拶してあげるわ、おはよう」

「……」

「どうして私だけ無視なのよ」

「どうしてもして欲しいなら頼み方があるよね」

「挨拶なんて頼んでするものじゃないでしょうが!」

「仕方なくするものでもないよ」

「っ……減らず口を……」

「そっちこそ」


 朝から喧嘩腰の二人を千冬が止める。一週間に一度は起こる当たり前の出来事だ。

 千夏は気が強く、凛斗はそれに対して絶妙に気に触る返しをする。だから、気を抜けばいざこざが耐えなくなってしまう。

 そう分かっていてもお互いに遠慮をしないのは、彼らが本当に嫌い合っているからなのか、それとも信頼の裏返しなのか。

 この答えはきっと本人たちですら知らないだろう。


「はぁ、せっかくのいい陽気が台無しね。千冬、部屋に戻るわよ」

「千夏ちゃん、待ってよ。凛くん、いつもごめんね。嫌いにならないであげてね」

「本当に千冬はいい子だよ。その優しさに免じて、今日のことは水に流しておく」

「えへへ、ありがとう!」


 千冬はニッコリと笑ってから大急ぎて部屋の中に戻ると、千夏を追いかけてどこかへ行ってしまう。

 もう少し話していたかったな……なんて思いながらベランダを眺めていると、ふと閉じ切らなかった窓枠に紙が挟まっているのが見えた。

 あんなところに紙が挟まるなんて珍しい。机の上に置いてあったものが、扉を開いた時の風圧で舞い上がったのかもしれない。

 そんな少々強引な仮説を立てながら何気なく隣のベランダに目をやると、驚いたことにこちらにも同じように紙が挟まっているではないか。

 この双子はおかしなことを起こすのが上手いのかもしれない。おそらく、本人たちも気が付いていないのだろうけれど。


「あんなところに挟まってたら、何かの拍子に飛んで行っちゃうよ」


 そう呟いた直後、凛斗の口から零れ落ちた独り言を拾うかのように、家と家の間を強めの風がほんの一瞬だけ吹き抜ける。

 それによって舞い上がった二枚の紙は、クルクルと回転しながら彼のいるベランダの手すりに引っかかって止まった。

 大事なものだとしたら困ると慌てて捕まえ、次なる強風が来る前に室内へと避難する。

 そこで腰を落ち着け、どちらをどちらに返せばいいのか確かめようと紙を確認してみると、どうやら二つとも文章が‪書かれているらしい。

 それも、偶然なのか運命のイタズラなのか、どちらも凛斗に向けられた内容だった。……しかし。



『凛斗、本当に好き。好きすぎておかしくなりそう。だから、こうして文字にして吐き出すしかない。言葉にして伝えられたらいいけど、断られた時のことを考えると怖くて出来ない。せめて夢の中だけでも付き合えないかな、私の凛斗。……夜中に忍び込んで寝込みを襲っちゃうのもありかも?』


『凛斗、本当に嫌い。嫌いすぎておかしくなりそう。だから、こうして文字にして吐き出すしかない。行動して伝えられたらいいけど、バレた時のことを考えると怖くて出来ない。せめて夢の中だけでも殺せないかな、クソ凛斗。……夜中に忍び込んで寝込みを襲っちゃうのもありかも?』



 さすが双子、内容は正反対でも書き方がものすごく似ている……なんて感心している場合ではない。

 一枚目を読んで気持ちはよく伝わったし、正直ここまで好意を向けてくれているのは嬉しい。

 けれど、それに対して二枚目が強烈過ぎた。クソ凛斗なんて言われたのは初めてだし、『襲っちゃうのもありかも?』は完全にナイフを持って乗り込んできてしまっている。

 同じ一文だと言うのに、そこに至るまでの過程が違うだけでこんなにも寒暖差が激しくなるものなのかと思わず震え上がってしまった。

 何より、あの双子のどちらかが自分に向けて殺害予告紛いなことをしていることが恐ろしい。


「……これ、どうしよう」


 これから学校に行けば、間違いなく両方と顔を合わせることになる。その時、どんな顔をすればいいのか凛斗には分からなかった。

 それでも無かったことにするなんてことは、彼の気持ちとしても好意を向けてくれている方に対しても出来るはずがない。

 クソ凛斗だと思っている方と話すのは怖いが、凛斗は何とか自分を奮い立たせ、かってないほどに気の重い支度を始めるのであった。

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