11. 旅の続き

 結論から言えば、ワイアは失敗した。


 長光は起動した。死角から忍び寄っての不意打ちも成功したし、紫電を纏う二刀を、胴体の正中を挟んで穿つこともできた。大気を電離する程の強力な電場が、怒瑠権の肉体を奥深くから焼き切った。

 だが怒瑠権が失ったのは、重要だが代替の利く臓器のうちの一つに過ぎなかった。心臓は辛くも、電極の先を逃れていた。致命傷には至らなかったのだ。

 それに、あと一回しか使えないとワイアの祖父が残した言も正しかった。二刀のうちのひとつは極大電圧の起電中という極めて危険な状態で一部の回路を焼損させ、柄の辺りで小規模な爆発が起きた。それは、ワイアの右手五指すべてを吹き飛ばした。

 一瞬にして甚大な損傷を負った怒瑠権は恐慌状態に陥って、爪と尾を滅茶苦茶に振り回した後、腹部から大量の血を流しながらもほうほうの態でどこかへ飛び去った。だが、自身に傷を負わせた小兵を尾で薙ぎ払い吹き飛ばしたことに、最後まで気付いていたかどうか。

 戻ってきたポルカルッタが目にしたのは、周囲の建物ごと根こそぎ破壊された村の広場と、被害に呆然と立ち尽くす住民たち、崩れた小屋の下から怪我人を探し回る自警団の姿だった。既に、怒瑠権の姿はどこにもない。

 程なく、ワイアは見つかった。吹き飛ばされたあと広場の中央からほど近い小屋の壁をぶち破って、その中で倒れていた。息はあったが出血は酷く、完全に意識を失っていた。


「そうか、手、駄目んなっちまったか」

「それだけじゃないよ。お腹の中も凄いことになってたんだから」


 医者から聞いた話では、胃と脾臓も大きく損傷していたようだ。大手術だったし、何より彼女の強靭な肉体があればこそ助かったのだ。

 タコ糸で縫っただの針金で縛っただのという話を聞き、うへえとワイアが顔を顰める。


「よく生きてたなあ」

「うん、でも、生きてて良かった」

「逃がしちまったけどな、怒瑠権」

「また、倒しにいくの?」


 呆れたようにポルカルッタが言う。


「動けるようになりゃな」

「手はどうするの」

「まだ左手が残ってら」


 瀕死の重傷を負ってもなお、ワイアは反骨心を漲らせ、底抜けの闘志を枯らせていない。

 何だ止めたいのか、そう言おうとして頭を巡らすと、思い詰めたようなポルカルッタの顔があった。

 ぐ、と小さな顎を噛みしめて、重々しく口を開く。


「準備がいる」

「準備?」

「計画がいる。道具もいる。場所も時間もいる。資金も。仲間だって」

「どれもねえな。これからだ」


 溜息をつく。分かってはいるが、前途は多難だ。


「仲間はいるじゃない。僕が、ここに」


 ワイアが、目を見開いた。傷の痛みも忘れて、がばりと身を起こす。


「じゃあ、」


***


『ハイココマデ~』


 中空に投影されたプロジェクタの光が消え、ワイアとポルカルッタの映像が掻き消えた。


「え~! いい所だったのに~!」


 ぶーたれるのは、豊かな鳶色の巻き毛をした少女だった。抗議の声を上げながらベッドをごろごろと転がっては、脚をばたつかせている。


「ねーねーつづきは? どうなるの?」


 舌足らずな声で話の続きを請うのは鮮やかな赤毛の少年で、こちらはまだ随分と幼い。


『パスキス、オ行儀ガ悪イデスヨ。イディ、続キハ明日。今日ハモウ寝ル時間デス』


 合成の機械音声を発するのはプロジェクタと繋がったスピーカーだ。下には4つの車輪が付いたフレームと、その中に収まる小型の動力装置がある。一見するとプロジェクタにも見えるそれが、本体だった。


「ケチ!」

「けちー」

『ケチジャアリマセン。サア、ピッピシマスヨ』


 はーい、と大人しくベッドに並んで横になる姉弟に、3本指の不格好なマニピュレータでシーツを掛けてやる。


「ねえ、モークル。ピッピはもうちょっと待ってよ」


 パスキスが甘えた声でお願いした。因みに、ピッピとは彼らの間で消灯のことを指す。


『何デスカ?』


 モークルと呼ばれたそれは、僅かな音と共に車輪を動かし、密やかな声で話しかけてくるパスキスの傍にフレームを寄せる。


「おじいちゃんとおばあちゃん、今はどこにいるの?」


 モークルは、最適な語彙を検索するのに僅かな時間を要した。


『遠クニイマス。トテモ遠クニ』

「そのうち会えるかな」

『イイ子ニシテタラ、キット会エマスヨ』

「早く寝たらいい子になれる?」

『ナレマストモ。ダカラ今日ハ、モウ寝マショウ』

「うん、おやすみ」

『オヤスミナサイ。イディモ、オヤスミナサイ』

「おやすみー」


 電子音と共に、室内の照明が消える。


 ワイアとポルカルッタは再会の後、終生を共に過ごした。

 仲間を増やし、新たな家族を作り、果てをも知れぬ旅を続ける傍ら、行く先々で数え切れぬほどの竜種を討伐していった。また、過去文明の遺産たる機械の発掘や数多くの発明を経て、今も幼き姉弟が生活の拠点とする巨大な陸上船を建造した。

 それはその先にある人類文明の再興の一端を確かに担うことにもなるのだが、また、別の物語である。

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タンデムライド・ドラゴンスレイヤー 南沼 @Numa_ebi

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