11. 2度目のさよなら

 それから3日後、ポルカルッタは出立する。ダイーショの村で取引を終えた交易隊の尻にひっついて、西に向かうのだ。隊長はデュモンゾという気の良い壮年の男で、同行を申し入れると快く許してくれた。

 旅程の前途を寿ぐような、よく晴れて、どこまでも空が透き通る朝だった。

 村人に混じって、ワイアも見送りに来てくれた。もう少しここに滞在して、怒瑠権の動向を探るらしい。


「少年、達者でな」

「ワイアも。どうか、武運がありますよう」


 希代の女傑は、心底面白そうに笑った。


「お前は、本当に不思議な奴だ」

「そうかな?」

「そうだ。歳の割に妙に目端が利きやがるし、まるで年寄りみたいな言い回しまでしやがる」

「歳って……」


 そう言えば言ってなかったかもしれないな、とポルカルッタは思う。名乗りはきちんと上げた筈なのだけれど。


「僕、二十歳になるって、言ってなかったっけ?」

「なに!?」


 ワイアばかりか、聞いていた周りの人間も目を剥いた。

 嘘だろ、と誰もが思った。


「おまえそれ……本当マジに言ってるのか?」


 勿論、とポルカルッタは頷く。

 寒さの厳しく動植物の丈が低い東方では、人間もまた小さい。特にルディンルラナの氏族は皆そうだった。ポルカルッタの父親など、背丈の程は息子とどっこいだが、顔はしっかり老けているし、体型はずんぐりむっくりとしている。彼自身の童顔は強いて言うなら、母親の血を色濃く継いでいるせいもあるかもしれない。

 それを訊いて、ワイアは膝から崩れ落ちそうになった。


「あたしのひとつ下……? 嘘だろ……」

「え!? ワイアって21歳なの!?」


 これにはポルカルッタが驚いた。歴戦の古強者といった風情を出すものだから、てっきり30歳を超えた辺りだと勝手に思い込んでいたのだ。


「あたしの我慢は何だったんだ……」

「我慢?」

「あ、いや、何でもねえ」


 咳ばらいをして誤魔化すワイア。

 それからにかっと笑い、今度こそ今生最後となるであろう、別れの言葉を口にした。


「じゃあな、ポルカルッタ。次に会ったら、夫婦になろうや」



***



 ワイアが目を覚ますと、見覚えのある巻き毛がベッドの脇にあった。ポルカルッタが、椅子に座りながら俯きがちに居眠りをしていた。


「あれ、行ったんじゃなかったのか」


 発することが出来たのは彼女自身がびっくりするぐらい小さくてしゃがれた声でしかなかったが、それを耳にしたポルカルッタは雷に打たれたように跳ね起きた。


「起きたの!? ちょっと待ってて、すぐに医者を呼んでくるから」


 医者ってなんだよ、と言いかけて呻く。身体が、全く思うように動かない。


「無理しちゃ駄目だよ、いいからちょっとだけ待ってて」


 ポルカルッタはそう言い残して、慌ただしく部屋を出て行った。


 交易隊が出発した日の、午後だった。西の峠に向かう道の殿で、ふとダイーショの方を振り向いたポルカルッタは、赤味がかる空に舞う一つの影を見た。

 とんびのように、空を旋回しながら滑空している。仔細が分からないほど遠くにいる割に大きく見えるし、鳥にしては随分頸も尾も長い。

 ポルカルッタ同様に、村への名残に後ろ髪を引かれた者、あるいはまた別の予感に導かれて空を仰いだ者もそれを見た。

 誰かが言った。


「怒瑠権だ……」


 俄かに恐慌に陥りかけた隊だったが、デュモンゾは素早く全体に号令を伝達した。


「荷と馬と一緒に、木立に身を隠して息を殺せ!」


 ポルカルッタを含めた全員が、速やかに従った。怒瑠権に見つかれば逃げても無駄だ。であれば、まだ捕捉されていない事を祈るしかない。

 どれほどの時間が経ったのか、影は何度も旋回を繰り返したのち、姿を消した。どこかに降り立ったのかもしれない。だが、油断はできない。

 それからもしばらく生きた心地のしない時間が続き、「もう出てきていいぞ」という号令が届いた後も、ポルカルッタの顔面は蒼白で、心臓は早鐘を打っていた。


 間違いなく、あっちはダイーショだ。

 ワイア……


 迷ったのはほんの一瞬だった。木陰から出したモーターサイクルの向きを器用に巡らすと、隊員の止める声も聞かず、全速でダイーショまでの道を戻った。


 そして、それを見たのだ。

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