第9話 年度末決算

 四月も後半になると、年度末決算がやってくる。三月末決算が多い日本企業の中で、早い企業は四月の下旬あたりから決算発表をする。

 「一年生お前らは、自分の持ち株の決算がいつかわかってるよな? 含み損益も把握してるか?」

 「……東京半導体製造が26日で+5%、信越ケミカルも26日で+3%です……」

 「スニーはえーと……いつだったかな……えへへ」

 「スニーも26日な、+4%ぐらいか」

 「あ、はい……」

 「証券会社のHPを開いてマーケット⇒経済カレンダー⇒決算スケジュールと進んで会社名を検索すれば分かるから。あと、舌をペロッと出して可愛く誤魔化そうとしてもダメな」

 「ごぶぐぇっ」

 (……あ、吐血した……)


 奇行に走るゆりを無視して、サキはあすかに尋ねた。

 「あすか先輩は年度末決算の会社ないんでしたっけ?」

 「ワークパーソンがあるけど5月8日だし、モノクロは中間決算出たしね」

 「そっちショーターは?」

 「ノーポジ」

 「何天堂ロング持ち越し、25日ですわ」


 ゆきのは不思議そうにあやを見た。

 「……売り豚ショーターなのに買いロング持ちなんですか?……」

 「私たちショーターも通常は買いロング持ちで、ここぞというときだけ空売りショートするのよ。空売りショートは入りと出が難しいし、リスクもあるし、簡単にはしないわ」

 「相場の基本は買いロングですしね、買いロングでとれない方は空売りショートはとれませんのよ」

 「買いは家まで、売りは命までって言うもんな」

 「……売りは命まで?……」


 あすかが咳払いをして説明を始めた。

 「例えば、1,000円の株を100株買ったとして、何かのショックで1円になったら△999×100で99,900円損する。でも、1,000円の株を100株空売りしたとして、それが2,000円になったとしたら?」

 「……△1,000×100で100,000円損します……」

 「そう、手持ち資金は100,000円なのに、全損したうえにさらに100,000円を証券会社に払わなきゃいけない。場合によっては2,000円で決済できずに10,000円まで踏みあげられるリスクもある。つまり、空売りは買いより損失が巨額になるリスクがあるんだ。だから裏生徒会うちでは、3人しか空売りできないようにしてるんだ」

 「……3人はどうやって決めてるんですか?……」

 あすかは言い淀んで口をつぐんだが、奥歯にものが挟まったような言い方で質問に答えた。

 「まぁ、そのなんだ……冷静な判断ができるやつに任せてる、かな……」

 「おバカな子は買いロングだけしてなさいってことよ」

 みやこがさらっとわかりやすい訂正を入れ、ゆきのはその言葉を胸に刻んだ。

 (……あすか先輩とサキ先輩とゆりちゃんは同類おバカ、と……。3人から似たような雰囲気は確かに感じるね……)


◇◇


 26日、あやが持ち越した何天堂は△5%の大幅なギャップダウンで寄り付いたものの、終値は△1%まで値を戻した。

 「寄り付きがひどすぎるじゃん」

 「超大型とは思えない値動きよね。あやちゃん、これ寄り付きで売らされた?」

 「さすがに半分売りましたわ……今年はビッグタイトルが3本も発売されることを見越して持ち越したのに、業績予測に反映されていないようながっかり決算でしたわ……」

 言った本人もがっかりした様子で、あやは深い憂いのため息をついた。


 (あや先輩って、一挙手一投足がなんかエロいよね……)

 「なんでため息があんなにエロいんだよ……なぁ、ゆり?」

 「ぶふぇ! 私の心の中読まないでください!」

 「……顔に出てるよ……」

 「どんな顔してるの私!?」

 「え……言っていいの……?」

 「怖い怖い怖い! やっぱりやめ」

 「にやけて目を細めたうえにだらしない口からよだれが」

 「うわあばばばばば」

 「おい、これからお前らの保有の決算あるんだから、異世界転生すんな!」

 「そうでしたYO!」

 (切り替えはやっ)

 そんなこんなで15時だ。今日はスニー、東京半導体製造、信越ケミカルの本決算だ。

 

 「じゃあ、TDnetにGO!」

 ゆりはスニーの20**年3月期 決算短信と書かれたURLをクリックした。

 「ふおおお!!」

 年度実績は3Q時点の予想を大きく上回っている。

 「サキ先輩、実績はすっごくよかったみたいですよ!」

 「そこも大事だけど、見るのは違うとこなんだよな。来期の見通しは?」

 「う……少し減益です」

 「うーん」

 サキは両手を頭の後ろにやり天井を見つめ、背中を伸ばして考えた。

 (スニーってコングロマリットだから難しいんだよなぁ……半導体・ゲーム・映画・音楽・金融とセグメントがばらばらで業績予想があまり当たらない。今期は有価証券の売却と子会社の連結による再評価益みたいな一過性の利益があって、来期にはそれがないから減益に見えてるだけで、実力値は伸びてそうだし……)


 「決算説明会用の資料を見て考えるか。ゆきのはどうだった?」

 サキがゆきのに目をやると、魂が抜けて死にそうな顔をしたゆきのがいた。

 「クールビューティなお前までどうしたよ!」

 「……東京半導体製造の来期の見通しが……」

 「……げ、爆死じゃん……」

 「……信越ケミカルは来期の見通しがそもそもないんですが……」

 「あ”」

 (そうだった、予算作らない会社だから来期の見通しないわ……)

 「……持ち株オワタ……てぃうんてぃうん……」

 「待て、まだ死ぬなー!」


 机に突っ伏したゆきののところへ、あやが歩み寄り、ゆきのの頭を撫でて慰めた。

 「あなたも持ち越し被弾したのね。いいわ、お姉さんが慰めてあげますわ……」

 「……あや先輩、神ですか……」

 「傷心旅行と行きましょう、明日からゴールデンウィークですし」

 「え?」

 「大丈夫ですわ、チケットは6人分とってあるし、宿は私の実家うちに泊まればいいですわ」

 「じゃあ、もしかして……!」

 「もちろん、サキの行きたがっていたうさぎの島も」

 サキは涙を流して神に感謝した。

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投げない買い豚×焼かれる売り豚 もちやまほっぺ @mochihoppe

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