第33話 【最終話】今から愛妻を目指します!
二人だけが残された庭は、さっきまでの騒ぎが嘘のように静かだ。
揉めている間に日差しが強くなっていて、ルカーシュが立っている場所は直射日光が照りつけている。
日陰のテーブル席に座っているアディリアは、隣に座らないかとルカーシュに勧めた。
「リアにちゃんと謝罪をしたい。アーロンが来てから、リアの様子がおかしいのは気が付いていたんだ。それなのにリアと親しげなアーロンに嫉妬して、忙しさを言い訳に確認しなかった。本当に申し訳ない」
アディリアの目の前に立ったルカーシュが深々と頭を下げる。
「頭を上げて下さい。私だって、勇気を出してルカ様に聞けばよかった。ルカ様は悪くないのです。座って話をしませんか?」
アディリアに笑顔を向けられたルカーシュは、ホッとした顔で椅子に座った。
「こうやって二人になったり、リアの笑顔が俺に向けられることは、もうないのかと思ってた……」
「私も同じようなことを思っていました……」
何となく探り合いで始まった話し合いは、二人の目が合うなり笑い出してしまったことで、ゆっくりといつも通りの二人に戻っていく。
「アーロンと恋人同士と思われていたとは、思いもしなかったよ……」
「それは! でも、あの濃密な甘い雰囲気の中、裸の二人がベッドの上で抱き合っていたのです。誰が見ても勘違いするほど、絵になっていました! それも、アーロンの腰に手を回してしがみ付いていたのは、ルカ様でしたからね!」
「えぇー、気持ち悪い。あのベッド、捨てた方がいいな。すぐ捨てよう!」
「そんな、もったいない」
「じゃあ、リアは、あのベッドで寝られる?」
「絶対に、嫌です!」
「早っ! すぐ捨てる。すぐ新しいのに変えるから、今度はリアに抱きつくよ」
「……そういう話ではないのですが……」
揶揄われているのだと分かっていても、恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまう。そんなアディリアを、ルカーシュは愛おしそうに見つめていた。
「俺は最初からリアと結婚することしか考えていなかったよ。もし、もし仮に、リアと結婚できないのだったら、俺は誰とも結婚しない。リアが好きで、リアを手に入れるためなら何でもした。ロスリーの恋心だって、リアを手に入れるために利用した。卑怯なことをしたと思うけど、後悔はしてない。でも、そのせいでリアを巻き込んで傷つけたのは申し訳ないと思っている」
堂々と想いを伝えてくれたルカーシュが、最期だけ苦しそうに顔を歪めシュンとしてしまった。
「私は、今回のことは、悪いことだけではなかったと思っています」
(かといって、アーロンに感謝したりしないけどね! 怒ってるけどね!)
「私もルカ様と姉様に罪悪感を抱いていました。姉様に敵うことは何一つないのに、ルカ様の婚約者を望んだからです。本来であれば、ルカ様の隣には完璧な淑女である姉様がいたはずです。でも、実際は馬鹿で足を引っ張るだけの私……」
この場所をフェリーナに返さなくてはと思っても、どうしてもアディリアにはできなかった。
「ルカ様に相応しく努力しようとも思いました。でも、どんなに頑張っても、きっと姉様には敵わない。そんな無様な姿をルカ様に見られたくなかったし、自分でも見たくなかった」
ルカーシュの婚約者になってから、アディリアはずっと周囲の令嬢達に妬まれてきた。彼女達の言葉の数々は剣となり弓となり、アディリアの心に傷を残した。その心の傷が呪いとなり、アディリアの中でずくずくと膿んでいったのだ。
そのせいでアディリアは、必要以上に自分を卑下したり、ルカーシュとの関係を不安に思うようになった。
「今回のことでルカ様も私も、お互いが婚約に関して罪悪感を持ってたと知れました。ルカ様の本心が聞けて、嬉しかったです。それに知れたからこそ、ルカ様の持つ罪悪感は違うと否定できます。ルカ様のことが大好きで、婚約を望んだのは私です。王子妃に憧れなんてないです。今も昔も私が望むのは、ずっとルカ様と一緒にいることです。それに、甘やかされたと思っていません。私が甘えていたのです」
ずっとルカーシュの妻に憧れていたのだ、王子妃には一度たりとも憧れたことがない。
「俺もリアの罪悪感を全力で否定するよ。リアが俺の婚約者を望んでくれて、一番幸せなのは俺だから。でも、今までは努力するのが怖かったのに、今回は勉強もマナーを頑張ったよね?」
「お飾りの妻に、完璧な姉様は相応しくありません。何もできない私だからこそ選ばれたのだと思ったら、肩の力が抜けました。誰に押し付けられるわけでもなく、ルカ様の幸せを守るために頑張ればいいと思ったら、自然とやる気も湧きました」
ずっと令嬢達に「ルカーシュの婚約者に相応しくない」と言われてきた。その声をひっくり返すためには、フェリーナや他の令嬢達より自分がルカーシュの婚約者に相応しいことを証明する必要がある。
力が及ばなかった場合は、自分が身を引かないといけないと思うほどに、アディリアは追い詰められていた。だったら何もできない馬鹿のまま、ルカーシュの婚約者にしがみついていたい。
今回は、ただ純粋にルカーシュのためだけに頑張れば良かった。競う相手もいないし、自分が頑張った分だけルカーシュの幸せが守られる。アディリアにとっては、頑張る理由が重要だったのだ。
ルカーシュは感嘆のため息を漏らす。
「リアを依存させたかったのは、俺にリアを繋ぎ止める自信がないからなんだ。リアが今まで以上に素敵な女性になってしまうと、俺は心配で仕方がない」
「心配無用です。私はルカ様しか目に入りませんから」
アディリアが自分の瞳を指差して断言すると、ルカーシュは力が抜けて笑い出した。
ルカーシュとしては、アディリアが他の男の視界に入るのも許せない。
でも、アディリアは自分が愛されないと思っても、ルカーシュの幸せのために自分の殻を破ってくれた。
愛されないのに、隣にいたいと望んでくれた。ならば自分も自信がないなどと言っていないで、もっとアディリアを信頼して大事にしたい。アディリアの笑顔を、幸せを、ルカーシュだって守りたい。
でも、すれ違いは怖いので、卒業と同時にさっさと結婚しようと心に決めていた。
「俺の婚約者はリアだよ。世間が何を言っても、相応しいのはリアだけ。俺からの条件を出していいなら、一つだけ。『ずっと俺を好きでいてくれること』難しい?」
「息をするより簡単です!」
真顔で即答するアディリアに、ルカーシュの目元も緩くなる。
「リア、愛しているよ。俺を選んでくれる?」
「もちろんです! 私も、ルカ様を……愛しています」
『お飾りの妻』から『未来の愛妻』に昇格したアディリアは、目標通りに学院を首席で卒業した。首席の座よりも何より、アーロンの悔しがる姿を見れたことがアディリアの心を晴れやかにした。
アディリアがルカーシュに相応しくないと言う者は、もう誰もいない。
二人は仲睦まじく、それは周りが見ていられないほどだ。アディリアの予定通り、誰にも入り込む隙を与えない幸せな夫婦になった。
ただ、予定と違ったのは、それが見せかけではなく、真実だということだ。
「リア、どうしたの?」
「あぁ、そうですね。少しぼんやりしてしまいました」
ルカーシュは青い瞳の男の子を肩から降ろすと、フワフワしたオレンジ色の髪を撫でる。
「父様は母様とお話があるから、ロイはお祖父様とお祖母様と一緒に遊んでて」
「わかった! まってるから、すぐにきてね」
ロイはそう言って、アディリアの大きくなったお腹を優しく撫でる。安心したようにニッコリ微笑んで薔薇園へ駆け出して行った。
今年もロレドスタ家の薔薇園は満開で、フォワダム家も交えてお茶会中だ。
アディリアの隣に座ったルカーシュも、大きくなった妻のお腹を愛おしそうに撫でる。
「側に来る度にルカが私のお腹を撫でるから、ロイも真似してお腹を撫でるの」
アディリアが華やかな笑顔を向けると、ルカーシュが眩しそうに微笑む。
「昔を思い出してた?」
「ルカは私のことは何でもお見通しね。お飾りの妻になり損ねたと思い出していたところ」
アディリアが悪戯っぽく微笑むと、ルカーシュは可笑しそうに笑う。
「それは、残念だったね。リアは俺の最愛の妻以外にはなれないからね」
かつてアディリアがぼんやり思い描いていた幸せな風景が目の前に広がっている。隣では、最愛の旦那様が微笑んでくれている。
「ルカ、私、幸せです」
ルカーシュはアディリアを抱き寄せると、「俺も幸せ。リア、俺を選んでくれて、ありがとう」と囁いた。
初夏の爽やかな風がテラスを吹き抜け、薔薇の甘い香りを運んでくる。薔薇園からロイが大きく手を振っているのが見える。
手を振り返したルカーシュが、「行こうか?」とアディリアの手を取る。
この先もずっとルカーシュと共に薔薇を愛でる幸せを感じながら、アディリアは最愛の旦那様の手を取った。
おわり
◆◆◆◆◆◆
これで完結です。
最期まで読んでいただき、ありがとうございました。
もし面白かったと思って頂けたなら、★や感想をいただければ嬉しいです。
◇◇◇
下記のお話もあります。
『王妃様の置き土産 ーポンコツな天才努力家は、王妃様の残した謎を解けるのか?ー』
序盤は主人公の成長の物語で、途中から王妃様の死から派生する王家や家族の確執にせまるお話です。後半ちょっとホラーっぽい迫力になって、大どんでん返しになればいいなと思っています。
『弟の婚約破棄を阻止して、俺は愛する婚約者と幸せになってみせる!』
ちょっと違った婚約破棄の話を書こうと思いました。
完結済みで三万五千字位です。
こちらも読んでいただければ、嬉しいです。
【完結】今からお飾りの妻を目指します! 多分…… 渡辺 花子 @78chan
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