第32話 ロスリー
親子二人の長年のわだかまりが解けたところで、これですべて解決とはいかない。困った表情で待つ人たちが残っている……。
フォワダム侯爵はゴホンと咳払いをして、場を仕切り直した。
「ルカーシュは、自分にリアを依存させるために甘やかしたと言うけど。それは結果論だ。アディリアの選択肢を奪ってしまった罪悪感から逃れたくて、必要以上に大事にしてしまったんだ。私と妻がそうだったから分かる」
侯爵の言う通りなのだろう。気持ちを認めるように目を見開いたルカーシュは、そのまま言葉に詰まっている。
「……確かに最初は王子妃になる未来を奪ったことに罪悪感があった。でも、すぐに自分のエゴに切り替わった。リアが優秀だと知られて他の奴等の目に留まるのが許せない。リアが外の世界に目を向けることが怖い。だから、リアの可能性を奪い続けた。マナーも勉強も何もできなくして、俺だけを頼って欲しかった。ずっと俺の腕の中で俺だけを見ていて欲しかった。俺がリアを独り占めにするためにしたことだ」
(私が姉様からルカ様の婚約者を奪ったと罪悪感を抱いていたように、ルカ様も私に対する罪悪感があったんだ……)
「そんなことしなくても、元々私はルカ様しか見えていないのに……そんな無意味なことをして傷ついていたのなら、教えてくれれば良かったのに」
そう言って不貞腐れるアディリアにルカーシュは困った顔を向けた。
「エリオットにリアは俺がしたことに気づいたと言われた時に、自分の気持ちを伝えて受け入れてもらえたと思ったんだ……」
「えっ? あの時……?」
――『お願いだ、リア、俺を軽蔑しないで。俺を嫌いにならないで。確かに自分勝手な行動だったと思う。俺のせいでリアが周りからどう見られるかなんて考えず、自分の幸せしか考えていなかった。でも、それでも、これから先もずっと、俺の隣にはリアがいてくれないと困るんだ! お願いだよ、リア、今まで通り側にいて!』――
(これは、アーロンとの幸せしか考えてなかったのを許せって話じゃないってことだったんだよね? ルカ様が私を依存させようとして、私を甘やかしたことを言っているのよね……。なら、私の返した言葉は……?)
――『ですが、ルカーシュ様の……、その人を愛する気持ちが本物だということは、良く存じ上げております。これからは、二人の愛を守れるよう、わたくしもその一翼を担えるよう努力いたします……』――
(じゃあ、これは……? 「ルカ様が私を愛しているのは知っている。二人で愛を育みましょう」的なことを言ってることになる……? そんなとんでもないことを言ったと思われてたの? 痛い、私が痛い、痛すぎる。過去を消したい!)
「見事に、すれ違っていましたね……」
「……そう、みたいだね……」
気まずい顔で向き合った二人は、正反対ともいえる行き違いに思わず笑いだしてしまう。
この五カ月間、真っ直ぐに見れなかったルカーシュの目を素直に見つめることができる。凍てついていたアディリアの心が、じんわりと温まる。
だが、アディリアはこれで終わりというわけにはいかない。巻き込んでしまった人がいる。きちんと決着をつけなくてはならない。
アディリアはロスリーに視線を合わせる。
「ロスリー殿下、八年前に『そんなに何でも譲っていたら、欲しいものは一つも手に入らない』と言ったのは、殿下に言ったのではなく、私自身に言った言葉です。あの頃の私は、ルカ様の婚約者は優秀な姉がなるものだと思い込んでいました。何をしても姉には敵わない私にとって、ルカ様は手の届かない存在だったのです」
ロスリーは穏やかな表情でアディリアの話を聞いてくれている。その優しさに胸が詰まるが、きちんと気持ちを伝えなければいけない。
「もう自分の想いは諦めるしかないんだと自棄になっていました……。だから、あの時、諦めた顔をした殿下を見て、まるで鏡に映る自分を見ているようで苛々したんです。それで、つい暴言を吐きました。私の勝手で振り回してしまって、申し訳ございません」
頭を下げるアディリアに、ロスリーは静かに首を振る。
「……謝らなくていい。前も言ったけど、俺はリアの言葉で救われた。リアにとっては暴言でも、俺にとっては救いの言葉だ。それは永遠に変わらない」
そう言ったロスリーは、吹っ切れたようにニッコリと微笑んだ。
アディリアが手に入らないことは、ロスリーにも分かっていた。だが、チャンスがあるなら、今回は悪足掻きがしたかった。
ここで手を伸ばさなければ、この先一生後悔し続ける。昔のような全てを諦めた人間に逆戻りする気がした。
もちろん自分の手でアディリアを幸せにしたい気持ちが一番だ。だが、それができるのは、悔しいがルカーシュだけなのだ。
想いを断つように、ロスリーはアディリアに頭を下げる。
「それよりも、アーロンの暴走で、リアに辛い思いをさせた。その上、私までリアの辛さに付け入ろうとした。本当に申し訳ない」
ロスリーに非はない。
アーロンの策略にはまったアディリアが、ロスリーの優しさに迷ってしまっただけだ。怒ってくれて構わないのに……。
被害者と言えるロスリーに頭を下げられ、アディリアの胸がぎゅっと縮む。
「ロスリー殿下は全く悪くありません。悪いのは……」
アディリアは持てる恨みを込めた視線を、余すことなく全てアーロンに送り込む。
視線を受けたアーロンは首をすくめ視線を逸らしたが、アディリアは念を送り続ける。
それを見たロスリーはクスリと苦笑すると、「そうだな、全てアーロンが悪い。二度とこんな真似をしないよう、私が責任をもって反省させる」と言って、アーロンのすくめたはずの首根っこを掴んだ。
「この度は愚弟が、両家には弁解の余地もないほど迷惑をかけた。愚弟に代わって、私からお詫びする。フォワダム侯爵、アディリアへの婚約の申し込みは取り下げる。混乱させて申し訳なかった」
「いいえ、私共こそ、ロスリー殿下には不快な思いをさせて申し訳ございません。今後の流れを詰めたいと思いますので、サロンでお茶でもいかがですか?」
「いただこう」
和やかな雰囲気を漂わせた一団が、ゾロゾロ屋敷に向けて歩き出した。
ただ一人、アーロンを除いては……。ロスリーに首根っこを掴まれたままのアーロンが「助けて」というような悲壮な顔を向けてきたが、アディリアは笑顔で手をひらひらと振ってやった。
(コッテリ絞られるがいい!)
まだぎこちない状態の二人が、庭に残された……。
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
あと一話で完結です。
夜に最終話を掲載します。
最後まで読んでいただければ、嬉しいです。
よろしくお願いします。
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