第31話 フォワダム家の真実

 この大騒ぎを気にすることなく眠ったフィラーを乳母に預けたフェリーナが、ルカーシュに「アディリアから手を離せ」という視線を送る。

 ルカーシュが渋々手を離したのを見届けると、アディリアの気持ちを落ち着かせようと髪を優しく撫でる。


「器の小さいルカーシュのせいで、リアは何も知らずにいたのよね。混乱して当然よ。ちゃんと全部話すから、安心して」

 大混乱の中にいるアディリアにとって、フェリーナは救世主だ。縋る思いで何度もうなずいた。


「リアはルカーシュの婚約者は私の予定だったと思っているけど、それは絶対にないわ!」

 フェリーナがそう言うと、アディリアの視界の端でルカーシュが激しく同意しているのが視界に入った。


「ルカーシュは……、いや、あのロリコン野郎は、周りが引くぐらいアディリアが好きで、結婚相手はアディリアしか考えていなかったの」

「なっ! 俺だってあの頃は幼かった。純粋な初恋と呼んでくれ!」

 ロリコン疑惑をきっぱり否定するルカーシュに、フェリーナは「あんたの初恋は、生まれたばかりのリアでしょ?」と衝撃の事実を告げる。


「……赤ちゃん、好き?」

 アディリアの言葉にフィラーの乳母がびくりと反応して、ルカーシュの視界にフィラーが入らないよう背を向けた。


「断じて赤ちゃん全般ではない! リアだからだ、リアが可愛すぎたからだ! リアが生まれてきてからずっと、リアだけに恋している。毎日リアを愛する気持ちが留めなく大きくなっていくんだ」


 そう自信満々に語るルカーシュを、フェリーナは「引くわぁ」と冷めた目で見た。そしてリアへの想いを滔々と語り始めるルカーシュを慣れた様子で止めると、強引に元の話に引き戻してくれた。


「ルカーシュはすぐにでもリアとの婚約を望んだけど、お父様は小さい内から婚約者を決めてしまうことに抵抗があった。特に娘は嫁いだら、嫁ぎ先の家の中でしか生きられない。だから、嫁ぐまでは交友を広げて、広い世界を見て欲しいと思っていたのよね?」

 フェリーナの言葉に、父親が微笑んでうなずく。


「フェリーナの言う通りだ。ルカーシュと婚約するにしても、リアが自分の決断に責任を持てる年齢になるまで許すつもりはなかった」

 そう言ったフォワダム侯爵は、自分を恥じるように顔を歪めた。

「だが、リアがロスリー殿下に見初められた。私は焦ったよ。先代のロレドスタ侯爵が王家に嫁がせた娘に会えず、悲しんでいる姿を見てきたからね……」


 確かに王族に嫁ぐとなれば、里帰りなどできない。ましてや王妃だ。二度と家に帰れないと分かって送り出したはずだ。

 いくら覚悟を持って送り出したのであっても、自分の娘に会えないのは辛いことだ。


「そんな時にリアが、『ルカ様の婚約者になりたい』と言ってきた」

 アディリアがこの世で一番大事なものを欲しいと口にした言葉だ。そして同時にアディリアを苦しませる言葉にもなった。


「フェリーナと自分を比べては、リアはいつも自信なさそうに遠慮していた。そんなリアが、初めて自分から望んだことだ。とはいえリアはまだ幼い、もっと色々なことを経験してから決めるべきなのは分かっていた。だが、リアをサフォーク国に嫁がせたくなかった私は、喜んで婚約を結ばせたよ。『これはリアが自分で望んだこと』だと自分の免罪符にしてね……」


 ロスリーとアーロンに視線を合わせたアディリアの父は、はっきりと言い切った。

「ロスリー殿下、アーロン殿下、私はルカーシュの言葉に惑わされたのではありません。私がリアを側に置きたかったのです」

 

 念願叶ってルカーシュの婚約者になれたアディリアは、その裏で父親までも罪悪感を抱えていたとは全く気付いていなかった。


(ずっと、私が我が儘を言ったせいで、姉様からルカ様の婚約者の座を奪ったのだと思ってた。私は一番の望みを叶えてもらったのに、どうしてお父様が苦しむの?)


「お父様は昨日も私の未来を絶ったとか言っていました。今もみんなで私の優秀さを知られたくなかったって言いますけど、全然意味が分かりません。私はルカ様の婚約者という、輝く未来をもらいました。それに、優秀どころか馬鹿で有名なフォワダム家の落ちこぼれです」


「自分では気づいていないが、リアは数学の天才だ。将来リアが数学者となれば、世の中を変える発見をするだろう。だが、そうなれば、国内だけでなく国外だってリアを手に入れようと躍起になる。下手をすれば犯罪まがいの誘拐だってあり得る。ルカーシュの側にいたいというリアの希望もかなわなくなる。だから、リアの優秀さが外に漏れないように、リアさえにも分からないようにするしか……」

 父親は首を振ると、自嘲気味に笑った。


「いや、いい訳だな。私がリアを手放したくなかったのだ。リアの将来なのだから、ちゃんとリアに話をするべきだった。自分がどうしたいのかリアに選ぶ権利があったのに、私がそれを奪ったのだ。すまなかった……」


(確かに幼い頃に、お父様と一緒に計算のパズルみたいなものをやった記憶はある。見慣れない文字なのか記号なのかを教わってそれなりに楽しかったけど、急にその遊びを禁止されても別に何とも思わなかった程度のことだよ?)


「えっ? ちょっと私が数学の天才という話はにわかに信じがたいのですが、お父様は私に謝る必要はありませんよ?」


(だって、数学は奪われたことも覚えてないくらいだけど、ルカ様を思う気持ちを捨てろと言われたら……。多分、発狂したもの)


 アディリアの言葉に父親はポカンと口を開いたままだ。代わりにエリオットが答える。

「リアが数学の天才なのは間違いないんだ。幼いリアがいとも簡単に解いた数学の問題は、解答不可能と言われていた問題だ。この前俺の机に置いてあった問題も、チラッと見ただけで解いただろう?」

 アディリアにはそんな意識が一切ない。


「自分が数学の天才だと知っていたとしても、私の一番の望みは子供の頃からルカ様のお嫁さんです。それを叶えてくれたお父様に感謝しています。不満なんてあるはずがありません!」


 あっけらかんとしたアディリアの発言に父親は驚いていたが、涙を堪えて娘を抱きしめた。

「ありがとう、リア。天才であっても天才じゃなくても、優しく賢いリアは私の自慢の娘だよ……」


 娘への罪悪感のせいで、親子の間には溝があった。

 アディリアはそれを「姉のようになれないからだ」と劣等感を感じていたが、この一言で救われた気がする。





◆◆◆◆◆◆


本日二話目の投稿です。

読んでいただき、ありがとうございました。

あと二話で完結します。

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