第30話 アーロンの嘘
地面に突っ伏したアーロンを見たアディリアの動揺は計り知れない。もはやパニックだ。この五カ月の出来事が脳内を駆け巡って、混乱に拍車をかける。
「え? えぇっ? 嘘なの? アーロン……。そんなはずないよね? だって、ルカ様の寝室で、ルカ様がアーロンの腰に手をまわしてた……。だって、二人は愛し合っているって言ったよね? 毎晩アーロンがルカ様を寝かさないし、ルカ様も喜んで応えるから、出仕前に顔出す時間が作れないって……。疲れたと言っては、アーロンが口に運んであげないと不貞腐れてご飯もお菓子も食べないって。二人きりになると、甘えて膝の上から離れないって! 他にも色々教えてくれたけど、どういうこと? 嘘じゃないよね?」
怒りで震えが止まらなくなるほどの殺気放つルカーシュを前にして、さすがにアーロンも偽りを口にすることはできない。
「……全部、嘘だ」
アーロンの言葉でアディリアの頭の中は、余計に混乱する。
五か月分の情報が交錯して、一回洗い流してスッキリさせたい。全てを忘れてしまいたいくらいの衝撃だ。
(今信じられるのは、自分の目で見たものだけだ)
「ルカ様の寝室で、二人は裸で、幸せそうに絡み合って、一緒に寝てた……。私は、見たんだよ!」
ピクリとルカーシュの肩が震え、アーロンは怯えるようにルカーシュから視線を逸らす。
「一緒に寝ていたのは、前の日にルカーシュとしこたま飲んだからだ。飲み過ぎて自分の部屋に行くのが面倒になって、ルカーシュのベッドで寝た。裸だったのは、飲み過ぎて暑かったから。腰に手を回してたのは、ルカーシュが寝ぼけて俺をリアと間違えてた……」
「間違える? アーロンみたいな大男と私を? どうやって間違える? あり得ない! いい加減なことを言うのは止めて!」
アディリアの声は叫びに近い。
「俺もそう思うけど……。飲んでる間ずっと、いかにリアが可愛いかとか、ルカーシュがどれだけリアが好きかとかを気持ち悪いくらい喋っていたから、リアが恋しくて側にいる気になったのかも……。寝言でも『リア、リア』ってうるさかったし」
(ちょっと待ってよ! アーロンまで、どうしたの? 貫こうよ、愛を!)
「そんな話おかしい! ロスリー殿下だって、ルカ様とアーロンが愛し合っているのを知っていましたよね? 『別れるって言っていたのに人の道に反している』って、『ルカーシュには何度も頼んだのに』って言ってましたよね?」
迷走するアディリアを前に、ロスリーは申し訳なさそうに目を伏せた。
「アーロンは女性関係が派手で、留学する直前はグレシア国の未亡人と付き合っていた。エルシーナ嬢との婚約の話も出ていたので、いい加減に身辺整理をさせている最中だったんだ。アーロン本人からも未亡人とは別れると聞いていたし、ルカーシュにも『未亡人と別れさせてくれ』と何度も頼んでいた。と私はアディリアに話していたつもりだ……」
「……………………」
(なぁにぃぃぃぃぃぃ? 絶対に外に洩らせない醜聞だから、人名とかぼやかして話をしていた。それは認める。だからって、ここまで話がすれ違う? そんなこと、ある? アーロンとルカ様は恋人同士では、ない……? 何が本当なの? 誰を信じればいいの?)
「兄様が言っていた、ルカ様が私にした仕打ちって……。アーロンとルカ様のことを、言っていたのよね?」
アディリアの声が尻すぼみに小さくなっていき、最後の希望に縋るようにエリオットを見上げる。
憐れむように妹を見つめ、こめかみを強く押したエリオットは「リア、すまん」と息を吐くような小声しか出せない。
「違うの? じゃあ、仕打ちって何? 私は一体何をされたの……?」
うなだれるアディリアの前にルカーシュが駆け寄ってきた。「ごめん、リア。ごめん」と言うと、さっきと同じように両膝をつき、力を失ったアディリアの両手を握った。
「俺がリアにした仕打ちは、リアが俺無しでは生きていけないように甘やかしたことなんだ。リアの優秀さを知られたら、ロスリーだけではなく他国が動くかもしれない。だから、勉強もマナーもほどほどになるよう誘導した。俺に頼るしかない環境を作り上げて、俺だけに依存させようとしたんだ!」
「それ、さっきも聞きました……。意味が分からない。何なの?」
(だって、勉強やマナーを放り投げたのは、私の意思だよ? 私が姉様と比較されるのが怖くて逃げたんだよ?)
五カ月にも渡ってアディリアを悩ませ続けたアーロンとルカーシュの関係は嘘だった。
ルカーシュはアディリアを自分に依存させようとしていたと言う。
アディリアの脳内は混乱どころか爆発寸前で、何を信じればいいのか分からない。
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