第29話 アディリア、爆発

 この状況を前に茶番を見せられると思わなかったアディリアは、それはもう苛立っていた。

 今まで散々悩んだ自分が、馬鹿にされている気分だ。


「なら言わせてもらいますけど、ルカ様が愛しているのは、私ではなく……、アーロン殿下、ですよね!」


 アーロン以外の五人が、こぼれ落ちんばかりに見開いた両目をアディリアに向ける。アーロンだけが、手で顔を覆って空を仰いでいる。


 目の前のルカーシュから空気が抜けて、風船みたいにしぼんでいく。

「……ごめん、話が見えない。俺がアーロンを愛している? ちょっと、分からない……」


(馬鹿にするのも、いい加減にして!)


「この期に及んで誤魔化されても困ります! ここに居る全員が知っている、ルカ様が私にした仕打ちの話です! ルカ様の最愛の相手はアーロン殿下で、私は二人の仲を隠すために選ばれたお飾りの妻だって話です!」

 アディリアの告白に五人が絶句で、アーロンだけが青空に向かってため息を吐き出した。


 全身から力が完全に抜けてしまったルカーシュが、フラフラと揺れて地面に手をついた。「どういうこと?」と力なく呟く。


「ルカ様は私を馬鹿にし過ぎです。おまけに往生際が悪い! 私は見たのですよ!」

「……何を……?」

「ルカ様の寝室で、ルカ様とアーロン殿下が、裸で抱き合っているところです!」


 五人の目玉がこぼれ落ちそうな上に、顎が外れんばかりに口も開かれて固まる。アーロンは両手で顔を覆って空を仰いだままだ。


 だが、ルカーシュの見苦しい態度に怒り心頭のアディリアは、攻撃の手を緩めない。

「アーロン殿下がルカ様の唇に触れると、ルカ様は幸せそうに微笑んで、アーロン殿下の腰に顔を擦りつけていました!」


「汚らわしい!」

「そんな訳あるか!」

 フェリーナの叫びに、ルカーシュが即答だ。そんな女々しい態度のルカーシュに、アディリアも一言吐き捨てる。


「ルカ様、潔くないです! 見苦しい!」

「そんな……」

 アディリアの態度にルカーシュの顔は真っ白になっていて、くしゃくしゃに丸められた紙屑のようだ。風が吹けば飛んでいきそうに弱々しい。


 一方、怒りの火がついたアディリアは、もう止まれない。

「ルカ様の寝室で二人を見た私が、どんな気持ちでいたかお分かりですか?」

 アディリアの剣幕に押されたルカーシュは顔を歪めて、「分かりようがない……」と抜け殻同然で答える。

 まるで他人事みたいなルカーシュの態度に、アディリアの怒りは増すばかり。抑え込んでいた不満が一気に爆発した。


「例えお飾りの妻であっても、貴方の妻であることを他の人に奪われたくなかった! でも、アーロン殿下の仰る通りで、二人の愛は私の犠牲の上に成り立っています。そのせいで、ルカ様が罪悪感を抱き苦しむのは辛い。それに私だって、愛し合う二人を前にして、永遠にルカ様に愛されない生活に耐えられるか分からない……」


 一気にそう捲し立てたアディリアは、周りが脱力したまま呆然としていることには気付かない。

 溜め込んでいた思いを吐き出すのに必死で、周りなんて見ている余裕は一切ない。


「ルカ様から離れることも考えないといけないのだろうかと。毎日毎日、そんなことばかり考えているのです。答えのない問題を、ひたすら解き続けているようなものです。これでもまだ、そのような見苦しい態度を取り続けるのですか? ルカ様には、失望しました!」


 アディリアの最期の一言が雷のようにルカーシュを打ち抜いた。魂が抜けたルカーシュは、その場に崩れ落ちる。


 残された四人がアーロンを胡散臭そうに睨み、顔色を失ったアーロンは諦めてうなだれた。

 その様子を見て確信したロスリーが、五人を代表して低く厳しい声をアーロンに向ける。


「アーロン! お前はリアに何を吹き込んだのだ?」




 頭を抱えていたアーロンが、開き直ってロスリーを見返した。

「最初に卑怯な真似をしたのは、ルカーシュだ! 八年前兄上がアディリアを気に入ったと知るなり、アディリアを自分の婚約者にした。それも『王妃が国に戻らないことで分かる通り、アディリアがサフォーク国に嫁いだら、二度と会うことは叶わない』と、フォワダム侯爵に進言するという汚い手を使ってだ!」


 アディリアの前では常に人を食った態度ばかり取っていたアーロンが、怒りを露わにして訴える。

「いつも我慢ばかりしている兄上が、せっかく自分の大切な人を見つけたのに。ただ思い続けているだけなんて、あんまりだ。どんな手を使っても、ルカーシュからアディリアを奪い取りたかった!」


(……はぁ……? 何? どういう、こと?)


 蛇の抜け殻同然にクシャクシャになって倒れていたルカーシュが、急に本体を取り戻して力強く立ち上がる。

 全身から激しい怒りを放ったルカーシュは、両拳を白くなるほど握り締めている。

 そして「何が悪い?」とでも言いたげに開き直ったアーロンを、冷え切ったルカーシュの瞳が捉える。


「確かに俺はロスリーにリアを奪われたくなくて、卑怯な真似をした。それは認める。俺は罰を受けても仕方がない。だが、お前がしたことは、俺ではなくリアを傷つけた。お前のせいで、全く非のないリアが苦しんだ。それを分かっているか?」


 ルカーシュは怒鳴りはしない。それでも激しい怒りを含んで重く沈み込むような低い声は、その重みだけで押し潰されそうな圧迫感だ。アーロンだけでなく全員の言葉を失わせた。


 ルカーシュが一歩、また一歩とアーロンに近づく。ルカーシュの冷たい怒りに圧倒されたアーロンは、よろけながら後ろに下がり、遂には尻もちをついた。

 恐怖で動けず後悔の顔を見せるアーロンの真正面に、ルカーシュは立った。見る者を凍てつかせる冷笑を浮かべると、ゴミでも見るようにアーロンを見下ろした。


「お前のことだ、それを見て楽しんでいたのだろう?」

 その時のルカーシュの表情を見たのはアーロンだけだ。後日アーロンが語るに、「悪魔? いやそれ以上。この世に存在するものの中で、最も邪悪な顔だった」と当時を思い出して震えていた。





◆◆◆◆◆◆


本日二話目の投稿です。

残り四話で完結します。

読んでいただき、ありがとうございました。

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