第28話 醜い言い争い
アディリアとフェリーナが声の方に視線を向けると、一団が近づいて来るのが見えた。
先頭に立つルカーシュとロスリーが大声で言い争っている。その両脇でフォワダム侯爵とエリオットがヒートアップする二人を宥め、少し離れた後ろから気まずそうにアーロンがトボトボついてきていた。
ルカーシュが怒鳴り、ロスリーが怒鳴り返す。お互いが剥き出しの怒りぶつけ合っていて、いつもの冷静な二人からは考えられない光景だ。
宥めるフォワダム親子がいなければ、確実に殴り合いに発展している。
「リアのことは間違いなく俺が一番愛している。ロスリーなんかにとやかく言われる筋合いはない!」
「リアはお前といることに苦しんでいる。お前がしてきたことが許せないんだよ!」
「それは申し訳ないと思っている。一生かけて償うつもりだ」
「リアが償いではなく、解放を望んだら?」
「……! それは、リアに確認する!」
怒鳴り合い睨み合う二人は、アディリアとフェリーナの目の前まで迫ってきている。
アディリアにしたら、怒り狂った二頭の猛獣が目の前にきてしまったくらいの感覚だ。
あまりにも険悪な二人の空気に、ちょっと逃げ出したくなる。
そんなアディリアの気持ちを代弁するべくフェリーナが立ちはだかる。
「ちょっと、何なのよ? リアもフィラーもビックリしているわ。落ち着けないなら、今すぐに帰って!」
猛獣使いのごとくフェリーナがピシャリと警告を出すと、二人も少し平静に戻るが、眉間の皺は増している。
二人の怒りを抑えるのは、難しそうだ……。
それを察しているフォワダム侯爵とエリオットが物理的にも二人の間に入って、何とか言い争いが収まっている状態だ。
一触即発。正にそんな言葉が相応しい。
そんな殺気立った雰囲気の中、一歩前に出たルカーシュがアディリアの前で両膝をついた。逃げようとするアディリアと無理矢理視線を合わせる。
「ロスリーから求婚されたと聞いた。リアを俺に依存させようとしたことが許せないのは分かる。でも、そうしないとロスリーみたいな奴が現れて、リアを奪われるかと思うと怖かった。リアの視界に俺以外は入れたくなくて、愛し過ぎて、度を越えてしまったと反省している。でも、リアと共に生きられないなら、俺には生きている意味がない。お願いだ、リア、俺を選んで。お願いだから」
いつ泣き出してもおかしくない情けない顔をしたルカーシュが、アディリアの目を見つめて懇願している。
(どういうことだ? どういうことだ? どういうことなんだ? 人前だから? 人前だから演じているの? えっ? でもこの面子は、みんな二人の仲を知っている人達だよね? ルカ様が最も愛しているのはアーロンだってみんな知っているんだから、取り繕う必要ないんだよ!)
混乱中のアディリアは、隣に座るフェリーナに助けを求めて視線を送る。
呆れ切った顔でルカーシュを見下ろしていたフェリーナは、アディリアの視線に気づいて肩をすくめる。
ロスリーは恥も外聞もないルカーシュの行動に、信じられないものを見る目を向けている。
フォワダム親子は、ぐったりとため息をついている。
アーロンだけが青い顔で立ち尽くしている……。
(誰の様子からも答えが見えない……。一体どうなってるの? 分からない。ルカ様は何がしたいんだ? この行為に何か意味があるの? 分からない、分からな過ぎる)
混乱して目の回りそうなアディリアの肩を抱いたフェリーナが、ルカーシュを睨んだ。
「ルカーシュ、たった今、リアから聞いたんだけど、貴方、リア以外に愛している人がいるそうね?」
その言葉にフォワダム親子とロスリーから良くない成分が放出され、青筋を立ててルカーシュににじり寄る。
アーロンだけが相変わらず青い顔で、呆然と立ち尽くしている。
「俺がアディリア以外を愛している? 誰だ? そんな天地がひっくり返ってもあり得ないことをアディリアに吹き込んだのは? お前か?」
いつも穏やかに微笑んで、アディリアの全てを肯定してくれる光り輝く天使のようなルカーシュ。そのルカーシュが真っ黒な悪魔のごとく、地を這うような低い声でロスリーに掴みかかろうとしている……。
「馬鹿にするな! 俺がそんなリアを傷つけるような卑怯なことを言う訳がないだろう!」
ロスリーもルカーシュに負けない声で言い返す。
このままでは、長閑な庭園が地獄と化すのは時間の問題だ。
(どうして? みんな知っているはずでしょう? ルカ様が愛しているのはアーロンだよ! どうして演技を続けるの? そんなことやめて、ちゃんと本音で話をしようよ!)
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
あと五話で完結します。
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