いつか見た夢
あずさ
悪夢
昼頃からずっと家に帰らずここにいる。ここは人が少なくて、落ち着ける場所だから。ただいつもならそれなりに人の入れ替わりがあるんだが、どうにも今日は後ろのやつが入れ替わらない、なんてことを考えながら本を物色している時だった。
「ガタッ!」
突然の物音に驚いていると目の前から父さんが歩いてきた。なんとなく顔を合わせるのが気まずくて本棚の裏に回って隠れる。ただ、そこは俺の親。どうやら隠れても無駄らしい。
「 !!」
それなりに怒っている時の声で呼ばれた俺は焦った声で慌てて返事をする。
「あっ!はいっ!!」
「さっきから連絡を入れているのに繋がらない。お前、携帯はどうした。」
慌ててワイシャツの胸ポケットを確認する。
……ない。どうやら鞄の中に忘れてきてしまったようだ。
「すみません…どうやら、鞄の中に忘れてきてしまったみたいで…。」
どうやって、弁明しようかなんて考えている俺の前で父さんが一瞬怖い顔をした気がした。だが、そんな馬鹿げたことを考えていたからか。
「まったく…。携帯はいつも持ち運んでおけと言っただろうに…。」
「すみません…。」
父さんが、俺に厳しいのは今に始まった事ではない。昔は仲が良かったと思うんだが、いつからこうなってしまったのか、なんていつもの癖で思考が脇道に逸れていく。
「今日はもう遅い。きりのいいところで切り上げてもう帰りなさい。」
「あっ。はい…。」
悪い癖だなと、思いながらも思考を切り上げる。急いで自分がとっていた、と言っても荷物を置いているというだけな席に戻り、携帯を開く。……なんだか、携帯のメッセージアプリにすごい数の通知が来ているな。アプリを起動させ元凶を探る。どうやら、我が家のグループチャットが大元らしい。チャットを開き現状の把握を試みるとしよう。
どうやら、私の母が鬱になった私を見かねて友人をチャットに招待したらしい。
…なぜ?
どういう思考を辿ると家族の内情を晒しまくりなグループチャットに他所の家の人間を招待することになるのだろうか。私には到底理解できない思考回路だな、なんて思いながらもその裏で、然もありなんと思っている自分がいた。もう学校を休み始めてどれ程経ったのか。息子の回復のためになら、あの人が変なことをしたといても不思議ではないか。しかし、これはやり過ぎであろう。そして我が友人よ、なぜ君はそんなにも順応しているのだ?なぜ今日の夕飯の話で盛り上がれるのだ?いつも交流能力が桁外れだとは思っていたがここまでとは、なんてことを思考の端に寄せながら、とりあえず問題を先送りにすることにした。断じて、面倒くさくなったからではない。断じて。
さて、作業の再開といってももうほとんど佳境は過ぎてしまったので、やることといえば校閲くらいである。静かな空間の中、私の打鍵音と、これまた本屋らしいクラシックらしき音楽だけが流れる。あまり、音楽には明るくないのだが、本屋のクラシックやジャズのような音楽はどこか落ち着くと思いながら、静かに、しかし確かな音を伴いながら作業を進めていく。
どれだけの時間が経ったか。作業が進むにつれて少しずつ人の気配が少なくなっていたが、もう私以外は誰も残ってはいないみたいだ。なんて、達成感と疲労感の混じる心境のなか体を伸ばしていると、突然明かりが消えた。
あの後、突然のことに驚きはしたが、なぜかひどく冷静だったので、結局作業を再開することにした。真っ暗な、文字通り明かりがほとんどない中で、パソコンを弄る自分は大層不気味だろうな、なんてことを思いながら作業を進め気づいたら寝てしまっていたわけだが…ここはどこだろうか?
何故か、とても暗いが何処からか仄暗い灯で照らされているベッドの上で私は目覚めた。傍には私のスマホが置いてあるのだが、
「繋がらない…いや、使えないな。」
そう、確かに私のスマホなのだが、ロック画面から一向に進まないのだ。私のスマホには生体認証機能が付いているので、パスコードといったものを設定していなかったのが仇となった。どうにも、ロック画面から進めない。仕方ない、そう割り切れれば楽なのだが、家族に連絡しなければ不味いという焦りが何処からか湧いてきて必死にスマホを弄りどうにかパスワードを忘れた時の画面まで辿り着いた。昨今のスマホにもこの機能がついていて助かった。…はて?私はこれ以外のスマホを持っていたことがあったのだろうか。いや、これ以上はいけない。何故かは分からないがそう思ったので思考を殺し、スマホを開く。生体認証の登録をし直し、念のためパスワードを設定してここまでの現実逃避を終える。さて、ここはどこだろうか。
白い、まるで病室のようなシーツやベッド、そしてカーテンに遮られた視界の中で、一体ここがどこかを思案する。私は確かに近所にある本屋にいたはずである。しかし、気づけばここにいる、と。あまりにも情報が少ないが、恐らく個人の犯行ではないのだろう。何よりも手が込みすぎている。私が眠るのを待ち、私が寝ている間気づかれないように近づき、薬か何かで起きないようにした後に起こさないようにここまで運んでくる、か。到底個人とは思えない、何よりも流れが滑らかすぎる。恐らく、相手は相当手慣れている。しかし、誰が犯人なのかを特定するにはあまりにも情報が少ない上、電波が入る訳もないこの場所でどうやって私の安否を家族に伝えようか。いや、そもそもここまでのことを組織的にできるとは相手は一体…いや、また思考が傍にそれてしまった。ここで重要なのばまず生きて外に出ること。それだけだ。となると、まずは情報を集めなければいけないな。
そう思い私は白いカーテンで遮られていた向こう側をそっと覗くと…
仰天した。
病室のように、さも病床が並ぶかのようにある私の寝ていたのと同じベッドにもだが、何よりも、この空間を囲うその壁に。
まるでSFに出てくる宇宙船や遺跡のように基本的には焼き物よりはむしろ天然石のような自然な蒼色の石なのだが、その表面にところどころ走るのは、まるで電子回路のパターンのような金色の光が流れるように発光し、蒼い石の中にある砂金のような粒子が反射で輝く様だった。先ほどからこの空間を照らしていたのはこの壁自体だったのだ。よく考えれば、あのベッドは病床にはない天蓋がついていた。何故かは分からないが、あの病床のようなベッドからではこの壁の存在、いや、この空間の存在が秘匿されているかのような、そこまで思考した時だった。
「うわあぁああぁあぁ!!!!??」
成人した男性のような声が聞こえた。それも、叫び声が。慎重にその声がした方を見ると、再び驚愕した。そちらには謎の階段と、その階段下に、つまりは下のフロアに同じように広がる病床と、恐らくは叫び声の主が…
なんだあれは?
あれは…人なのか?
全身には毛がない。肌は真っ白で、しかしそれは健康的な白さではなく青く静脈が…いや、静脈だけではなく他の血管も浮き出ており、どうにも冷静ではないようで、息を切らしながら辺りを見回している。そして、ここまで観察できたように服も着ていなく、より一層不気味である。しかし、先程の悲鳴は明らかに彼の…
ない
ここはどこだ?壁にはまるでテリーヌのように薄緑色、或いは薄い蒼色の石の中にヒトが埋まっている。何故かは分からないがこの石を壊した向こう側ならここから出られる気がした。はやくここから出たい。もうここは嫌だ。出してくれ。
そんな思考に頭が占められるなか壁を殴り破壊する。まるでゲームの砂岩のように崩れていく壁を見ながら、私の意識は途切れた。
いつか見た夢 あずさ @tantanpan
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