妖精侍女の長い一日

山田とり

推しは女王さま



 ――長きに渡った妖精界と魔界との戦いは今、決着の時を迎えておりました。


 妖精女王にお仕えする私、妖精のユリア。 

 敬愛する陛下のためならば、この命を捨てる覚悟です!


 月の光のごとき銀の髪。紫水晶の瞳。

 美しき妖精女王!

 陛下自らが魔王と対峙する時が来るなんて誰が思ったことでしょう!


「――やっぱり、あなたと戦うことになってしまうのね」


 え? 陛下、なんとおっしゃって?

 陛下にはこの事態が予測できていたと?

 さすが過ぎますゥ!

 そこに痺れる憧れるゥ!


「――こんな風に会いたくはなかった」


 はあ? 何言ってんです、魔王。

 ならさっさと軍を引いて帰ったらいいでしょーが。

 ……でも魔王って意外とイケメン。なんだか腹が立ちますわ。


「もう嫌、あなたとこんな――終わりにしたいの」

「俺にもそなたにも背負うものがある。どうしようもなかった」


 ……なんです、この見つめ合う魔王と妖精女王。

 美男美女で妙な雰囲気出すのやめていただきたいんですけど?

 ちょっと、目なんて潤ませないで下さいませ、陛下っ!


「だからもう……あなたの手で……」

「――ッ!」


 魔王の空気が変わったのを私は悟りました。


 哀しみに歪んだ顔で、彼の手から放たれる黒い魔力――!


 私は、陛下の前に飛び出しました。


「――ユリア!」


 陛下が私に腕を伸ばし、名を呼んで下さいます。

 その悲しげな瞳。

 それが、私が最期に見たものでございました――。





 ――いや、頭、痛いんですけど。

 苦しい。

 何ここ、狭っ!


 死んだと思ったのに、私はなんだか狭い所にいて、ぐいぐい押されているのです。

 どういうこと? 私は助かったのでしょうか。


 ぷはッ!

 頭から、明るい所に出ました。体もにゅるんと脱出します。


「ふ……ふんぎゃああ! ほぎゃああ!」


 え。

 今のは私の口から発せられた声、のようです。

 可愛らしくも力強い、この泣き声は?


「はあい、元気な女の子ですね。胸に乗せますから、抱っこしてみましょうか」


 私は大きな手にヒョイとぶら下げられています。

 気がつけば裸です。いやん。

 そのままガーゼでくるまれて、ポテ。

 なんだか居心地のいい場所にうつ伏せに置かれました。


 チョンと目元を拭かれ、ようやく目がパッチリ開きました。視線を感じてそちらを見ると――。


「ほあ、ふあえわぁ」


 間抜けな声が私から洩れました。違うんです、私は滅茶苦茶、驚いているのです。

 ――女王陛下! と私は言いたいのです!


 私を愛おしげに見つめる瞳も汗にほつれた髪も、黒。

 でも確かに麗しの妖精女王陛下です。陛下ガチ勢の私が間違えるはずはございません!


「……可愛い。ずっとお腹にはいたけど、やっと会えたのね」


 陛下が私をそうっと撫でて下さいます。とても気持ちいいのですが――お腹にいた、とは。


 あれ、もしかして私、陛下から産まれたりしました?

 今、産まれたところな感じですよね、これ?

 サイズ感もすごく小さいですし。手足がなんだかウニャウニャしてろくに動かせませんし。

 はっ! さっき泣いちゃったの、あれ、産声だったんですね! うわ、自分の産声とか超レア……覚えとこっと。


 そうかあ、これって転生というやつですね、きっと。

 私はやっぱりあの時死んだのでしょう。そして今、陛下の娘として産まれ――え?

 てことは、陛下もお亡くなりになってるじゃないですか! こうして転生なさってるんですから! ああ憎むべき魔王め!


「じゃ、お父さんも抱っこしましょうねー」


 ほい、と陛下の胸からはがされて、私は何やら逞しい腕に渡されました。

 微笑んで私を見おろすその人は――魔王! あんたか!


 ……あーはいはい、そういうことですか。

 陛下と魔王、やっぱりイイ仲でいらっしゃったんですね。

 そんな気はちょーっとしてました。最後のあの会話で気づかなかったら侍女として駄目駄目っすから。


 でもね、少しだけやさぐれてもいいッスか。ええ。

 命懸けで戦ったんですよ、私。


「可愛いなあ、お母さん似かな」

「目もとはあなた似じゃない?」

「そうか?」


 ……魔王、満面の笑みになるし。


 この人、私の父親なんですか。うわー、びっくり。

 私を見つめて、デレッデレになっていくんですけど。こんなイケメンにデレられたことないので、ちょっと心臓に悪いです。


「ふべぇぇ、ほげぇぇ」


 知らぬ間に、私の口から弱々しい泣き声がもれていました。魔王が大慌てします。あら、イケメンを振り回すって楽しいかも。


「あら、ユリちゃん泣いちゃった」

「やっぱり名前はユリでいいな」

「ええ、女の子ならユリって思ってたものね」


 ユリ。前世に似たその名前。私の目に、ちっちゃな涙が一粒浮かびます。


 ――決めました。


 私、妖精女王の娘として、この人生を謳歌します。推しに堂々と甘えられるとは、なんという果報!


 そして、魔王をしもべとするのです。父として私にゾッコンの今の魔王なら、きっと顎で使えるはず!




 はあ……戦いに出、討ち死にし、転生して産まれ出る……なんと目まぐるしい一日だったのでしょう。


 赤子にはもう無理。寝ます。

 だからミルクは、また後で。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精侍女の長い一日 山田とり @yamadatori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ