幕間|佐久田家

「美化委員で夏休みは帰ってこられないって行ってなかったっけ?」


 つかさが実家の敷地に入ると同時にとぼけた声が飛んできた。視線をよこせば軒下に胡座をかいた兄のたくみがいる。隣に軍服の上着が投げられているのを見て、仕事終わりだと判断した。呑気な匠に呆れながら近付く。


「美化委員じゃなくて図書委員。盆は帰ってくる、て伝えたつもりだけど」


 匠の横に腰を落とした詞は半眼を向けながら訂正した。

 退屈そうにあくびをした兄は頭をかきながら弟を見返す。


「なんだそれ、ややこしいな」

「兄さんがちゃんと聞いてないだけだろ」


 俺も忙しいんだって、と匠がこりた様子もなく笑っていると後ろの襖が開いた。

 兄達を見つけたとおるは、いの一番に詞を出迎える。


「おかえり、兄ちゃん」


 あれ、俺にはと呟く長兄を弟二人は無視して会話を続ける。


「ただいま。父さんと母さんは?」

「父さんは仕事、母さんは買い物。二人とも夕飯までには帰るって」

「盆まで仕事するのは珍しいな」


 詞達の父は軍に勤めている。祖父の頃から続く軍人家系だ。維新前は優秀な藩士を出したと何度も何度も聞かされた。


「お国の一大事とあれば、盆も正月もないだろ」

「仕事のない、たく兄には盆があるみたいだけどね」


 匠のあっけらかんとした物言いに徹は冷たく返した。

 子供のように匠は口をへの字に曲げたが、詞も徹も演技だと見破る。

 部が悪いと判断した長兄は胡座の上に頬杖をついた。

 気まずい時の父と同じ癖だと指摘はしないでおく。

 眉がねじまがり、顔の中心にしわをよせ、心底嫌がることは目に見えてわかるからだ。ここぞという時にとっておけばいい。


「失礼な奴らだな。ちゃんと仕事してるからちゃんと休んでるんじゃないか。それにな」

「諜報部だから守秘義務があるんだろ。その言い訳聞き飽きた」


 疲れた素振りを見せる匠に詞は首をふりながらあしらった。

 詞の言葉に透も頷いている。

 気分を害する所か、片方の口端だけ上げた匠はかわいくない奴だなと詞の頭を力まかせに撫でた。


「たく兄はいつも不真面目だからね」


 生真面目な徹に言われても、匠は目に角をたてることはない。

 不真面目に振る舞っていると感付いている詞は憐れみの目を年の離れた兄に向ける。幼い頃は掌の上でいいようにされたが、面倒見はよかった。器用で心根は情け深い匠は時々ひどく生きづらそうだ。

 匠は一笑して立ち上がる。


「お前らが若くてよかったよ」


 匠より詞や徹が若いことはわかりきったことだ。声音で馬鹿にしていないことはわかるが、唐突な言葉に弟二人は顔をしかめた。

 長兄は何もかも知っていて、先のことを言うことが度々ある。時が来て、兄の手回しに驚かされるばかりだ。

 玄関に向かう背中がひどく遠く感じた詞は声をかける。


「無理するなよ」

「どーかな」


 匠は笑いながら言った。

 いつもと変わらない返事なのに、やけに胸騒ぎがする。徹も詞と同じ様子で顔を見合わせた。

 夏の陽は落ち、影が大きくなっていく。



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