第一章「切り裂き魔事件編」

第肆話「無色透明のリーパー」

 この街は、とても奇妙で、とても美しいと思う。

 私はこの街に来て、まだ日も経っていない。けど、その中で彼らに会えたのは私が幸運な証拠だろう。

 彼らは優しい。見ず知らずの私にとても丁寧に接してくれた。

 だから私は、この街を信じている。きっと、彼らじゃなくても、見ず知らずの人を助けてあげる人がいるのだと。




       ○

 俺は今、何をやっているのだろうか。折角、大事な友人と街を歩いていたのに、何故こんな路地裏に来ているのか。

 玲二は路地裏の壁に寄り掛かっている。眼前には緑色のバンダナを着けた三人組が立っていた。


「玲二さん! 聞いてますか!?」


 三人の内のリーダーらしき人物が玲二に向かって叫んだ。


「……聞いてるよ」


 玲二は静かに、しかし何処かに貫禄を醸し出して答える。


「だったらっ! 良い加減戻ってきて下さいよ! 俺達には玲二さんが必要なんです!」


 中心の男は更に声を荒らげていく。


「今の貴方は本当の貴方じゃないでしょう!?」

「……黙れ」


 玲二がそう言葉にした途端、その場の空気は一気に張り詰めていった。


「……さっきも言ったが、俺はもう足を洗った身だ。二度と関わる気はねぇし、お前らに今何が起こっていようと関係ねぇよ。分かったら消えろ」


 玲二はそう言い残すと、背中を壁から離し、通りに向かって歩き出した。

 その背中を見ながら、男は震える足を前に出し、叫ぶ。


「な、なんでなんですか! 何がそんなに駄目なんですか! あの伝説の男はいなくなってしまったんですか!?」


 男は通りに消えてく背中に叫び続けたが、その背中が振り返ることはなかった。



 八嶋狂愛が姿を消した後、燐はブランコを揺らしながら玲二を待っていた。

 ブランコが前に揺れた時、目線の先に人影が映り込む。燐はゆっくりと顔をあげると、そっと肩を撫で下ろした。


「あ、玲二か。良かったぁ」


 玲二はそんな燐の様子を見て、少し微笑み、ブランコの横に並んだ。


「何だそれ。可笑しな奴」


 何気ない会話に玲二もまたそっと肩を撫で下ろすと、視線を通りに向けた。


「待たせて悪かったな。案内の続きをしようぜ」

 玲二のその言葉に、燐はブランコを飛び降りると、一気に口角を上げた。


「うん! 行こうよ!」


 燐の笑顔に玲二も笑い、二人は公園を後にした。




       □

 将斗は軽く部屋を片付け、キハナに椅子を差し出した。

 キハナもそれに従うように椅子に座ると、緊張をしているのか肩を上げ、背筋を伸ばしている。

 一瞬、将斗は緊張を解すために小ボケが頭によぎったが、首を振り頭をリセットさせる。


「それじゃあ改めて、俺は城久将斗。この〈怪異専門探偵事務所〉の所長だ。一応、種族を言っておくと、純正の人間な」


 キハナは肩を上げたまま、首を数回縦に振った。

 理解した合図だと思い、次にロビンが口を開く。


「僕はロビン。この事務所の助手をやってるよ。種族は……天使だよ」


 ロビンはそう言うと、背中から綺麗な純白の羽を出現させた。

 目の前で起きた突然の出来事にキハナは目を丸くして見つめている。


「わ、わぁ〜。天使って、は、始めて会いました」


 キハナはまじまじと羽を見つめていく。ロビンはその様子に口を緩ませ、将斗は呆れるように机に肘をついた。


「あー、もう良いか?」

「あ、えと、はい。平気、です」


 将斗の言葉に少し照れながら、キハナは椅子に座り直した。

 将斗はその様子を見届けると、話を再開させる。


「そんで、この怪異専門探偵事務所、略して〈怪専社〉の仕事だが、その名の通り〈怪異〉についての事件を調査している」

「はい」


 突然、ロビンの手が挙がる。


「何かねロビン君」

「先生。キハナちゃんは森から出てきて日も経ってなくて、まだ何も知らないのでもっと詳しく教えて下さい。とどのつまり〈怪異〉ってなんですかー」


 ふざけた感じで声を出すロビンに、若干眉をひそめる。

 ロビンは見た目が子どものせいで愛らしく見えるが、実はイタズラや人をからかうのが大好きだ。今回もキハナへの助け船のつもりではあるが、半分は将斗をイジっていた。

 将斗自身それを分かっているので、少し乗っかることにする。


「えー、ゴホン! 宜しい、いい質問だ。〈怪異〉っていうのは、所謂そういう類の存在の総称の事だ。キハナの様な妖怪、ロビンの様な天使、他にも悪魔や都市伝説なんかも含まれるな。そういった奴らの総称を、〈怪異〉って呼んでるんだ」

「へー、じゃあ怪異についての事件って、具体的になんですかー?」


 まだこの小芝居を続けるのかと、更に眉をひそめるも、こうなった時のロビンは乗っからないと永遠に終わらないので、仕方なく将斗は続けていく。


「この現代社会において、変死や突然死などの謎の未解決事件は、数多く存在するが、その殆どが〈怪異〉によるものだ。有名なところで行くと、〈スカイクロウ号無傷の沈没事件〉や、〈イノセント88便消失・出現事件〉、〈八幡やはた神社住職事件〉なんかだな」


 若干ダルそうに話す将斗とは裏腹に、キハナはマジマジと耳を澄ませている。その姿に少し背筋を伸ばすと、将斗は話を続けていく。


「一応警察にも〈特務科〉っていう部署が設置はされてるが、殆どの機関は機能していない。そこで、俺達〈怪専社〉が解決に協力するって訳だ」


 ここまで話し終えた所で、キハナから一つの質問が飛んできた。


「あ、あの、何で、将斗さんは、怪異に対応ができるんですか? ロビンさんは、天使だから、まだわかるんですけど……」


 キハナの質問に、将斗は手でワシワシと頭を掻きむしる。

 将斗の悩む時に頭を掻きむしる癖は、ロビンには見慣れた光景だ。

 数秒経ち、将斗はようやく口を開いた。


「ま、その話は追々する。今は俺達の仕事について知っててくれればいいわ。取り敢えずな」


 将斗にそう言われ、キハナは「は、はい」と頷くと、乗り出した体を戻す。

 根が素直で優しい性格なのだろう。気になっていても、それ以上踏み込まないらしい。

 将斗はその様子に一度コーヒーを啜り、一呼吸つくと話を再開させた。


「じゃあ、俺達の仕事についてもっと詳しく言ってくぞ」


 将斗の話は続いていった。




       ○

 辺りが少し暗くなった頃、燐と玲二は徐々に明かりが灯る街並みを歩いていた。

 不意に、燐は路地の方向から聞こえる声に振り向く。玲二もそれにつられるように振り向いた。

 路地では数人の男が、女子高生に向かって詰め寄っている様だった。

 玲二は呆れた様な声を出す。


「ああ、ホントにこの街は夜は駄目だな。女子高生に集るなよなぁ。燐、ああいうのには関わるなよ。……燐?」


 玲二は横にいたはずの燐に目を向けるも、そこに燐の姿はなく、今まさに路地に入っていく所だったのだ。


「あの馬鹿……!」


 玲二はその背中を追いかけるように走っていった。




 真ん中の男が女子高生の背の壁に手をつく。


「なぁ、分かるだろぉ? 金が必要なんだよ。俺等さぁ」

 ニヤニヤと笑いながら、何も発しない少女を睨む。


 ……どうしよう。ここでやってしまうか

『でもそれで騒ぎになってしまってはこれまでの苦労が水の泡ですよ?』


 少女は何も答えないが、特に怯えてる様にも見えず、ただ静かにその状況にジッとしている。


「おいおいおい、無視かぁ? あぁん?」


 男達が苛つき始めたその時、少女は路地の入口に一つの影が近づいて来たことに気がついた。


「あの、何してるんですか?」


 燐はゆっくりと少女に近づいていく。男達は向かってくるその肩を勢いよく掴んだ。


「いやおい、お前誰だよ」

「え?」


 燐は全くの真顔で男達を見つめる。まるでこの状況に、少しの不安も感じていない様だった。

 少女は何故この少年がここにいるのか状況が読み込めず、ただ静かに少年を見つめていた。


「突然なんだてめぇ。痛い目見たくなけりゃさっさと消えろ」


 男達は奇妙な少年に今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。

 そんなことはお構いなしに燐は少女と男達の間に入っていった。

 燐は男達を見据える。


「あの、困ってるみたいなので止めてもらえませんか?」


 突然の言葉に男達は背筋が寒くなっていく。

 見た目はただのどこにでもいる少年だ。しかし何故かこの少年を見ていると寒気が止まらない。

 男達はその雰囲気に徐々に後ずさっていく。

 その時、路地の入口にもう一人の少年が現れたのだった。


「おいお前ら! 何してんだ!」


 成人している者ですら見上げる程の巨漢である玲二は、既にビビっている男達には登場するだけで効果抜群だった。


「ちっ! 行くぞてめぇら!」


 リーダーらしき男がそういうと、男達はその場から走り去っていった。




 男達が消え、玲二は燐の両肩を勢いよく掴んだ。


「勝手にどっかいくなよ! ああいう手合は相手にしても切りが無いんだ! 何かあったらどうすんだよ!」

「でも、この子が危なかったから」


 燐は少女に目を送ると、玲二も少女に目を向けた。

 少女はその目線でハッと呆然としていた意識を取り戻した。


 なんだ? この人は助けてくれたのか? 何故? というか何者?

『分かりません。しかし今はとにかく下がりなさい』


 少女は見つめられた視線を逸らすと、その場から立ち去ろうと入口に向かって歩き出す。

 その様子に玲二はすぐさま肩を掴んだ。


「いやおい、助けてもらっておいて礼も無しか?」


 玲二は少女に向かって若干の怒りを含めたが、少女は振り向くことなくその口を開いた。


「助けてなんて、頼んでない」


 少女はそう言い残すと、玲二の手を振り解き、その場から去っていった。

 取り残された二人は、ただその背中を消えるまで見つめていた。




 玲二と解散し、燐は一人暮らしのアパートに帰ってきた。

 軋む階段をゆっくり上がっていき、鍵を開ける。四畳半の部屋には畳まれた布団と、パソコンの置いてある机しかない。

 これといった趣味のない燐には、それ以外の必要なものがないとも言える。

 燐は布団を敷くと、その上に倒れ込んだ。


「疲れたぁ。明日学校なのに、何もやる気出ないなぁ」


 燐の独り言は静かな部屋に木霊こだまする。

 燐はゴロンと上を向くと、自分の瞼がゆっくりと下がっていくのを感じた。


「ああ、ヤバい。本格的に、眠く、なって、き、た……」


 燐の意識は静かに薄れていった。




       □

 外がすっかり暗くなり、事務所内も煌々と電球の灯りが目立っていた。

 将斗は一度ため息をつくと、タイヤ付きの椅子から離れた。


「よし。俺達の仕事はこんなもんだ。なんか、聞いておきたい事あるか?」


 将斗からの質問に、キハナは少し考えると、ポツポツと答えた。


「あ、あの、さっきの、今追ってる事件だけ、再度確認できますか? あんまし、メモが追いつかなくて」


 キハナはゆっくりと自分の言葉を口にしていく。

 最初にあった時は勢いよく叫んでいたが、あれは素ではなく、必死故の抵抗だったから叫んだということだろう。

 ここまでしっかりと質問を何度か繰り返しているので、根が素直で真面目なのだろうと思う。

 将斗は、机に置いてある書類を手に取ると、キハナの顔をしっかりと見据えた。


「おし、分かった。まず、細かい依頼、平たく言うと一般人からの依頼はちょいちょい入ってくるが、大きな依頼、つまり警察からの依頼は偶に何個か抱えるくらいだって言ったよな?」


将斗の質問に、キハナは首を縦に振り答える。

 将斗もそれに習い、話を続けていく。


「そんで、一般依頼はその時々に教えられるが、警察依頼は少ないし重要度も高いから覚えてて欲しい訳だ」


 キハナは更に首を縦に振った。


「そんで、今俺達が抱えてるのは2つ。1つ目は〈女子大生連続吸血事件〉。2つ目は……〈切り裂き魔事件〉」

 その瞬間、将斗も、ロビンも、キハナも、何故か立つ鳥肌と、外から聞こえてくるサイレンに心臓の音が鳴り止まなかった





 少女にカツアゲを迫っていた男達が、地面を蹴りながら路地裏を歩いていく。

 一番ガタイのいい男が壁を殴る。


「くそっ! 何だってんだよ昼間のガキはよぉ!」


 男達は苛つきを隠さないまま路地裏を歩いていく。

 不意に、一人の男が妙な気配を感じ、後ろを振り向いた。そこには黒いフードを被った何者かが立っている。


「おいテメェ! 何もんだぁ!」


 ガタイのいい男が叫ぶも、黒いフードは答えない。


「あ? 俺は今ぁ苛ついてんだ。さっさと消えねぇとぶっ飛ばすぞ」


 そう言うと、ガタイのいい男はゆっくりと黒いフードに近づいていく。

 急に、ガタイのいい男の足が止まる。まるで何者かに無理矢理止められたかの様に。


「あ? んだこれ? は?」


 男は周りの仲間を見渡すも、彼らも同じ様に足が動かないようだった。

 男達が必死に足を動かそうと暴れていると、ゆっくりと、黒いフードは男達に近づいていく。


「お、おい。何だてめぇ、や、やんのかぁ!」


 黒いフードは何も答えない。しかしその代わり、両腕の袖から鋭いナイフを取り出した。


「お、おい、やめろ、やめろぉ!」


 黒いフードが両の腕を振り下ろした時、路地裏には静かに、悲痛な叫びが木霊した。






   第肆話「無色透明のリーパー」 完




 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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モンスターシティ 九十九春香 @RoxasX13

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