第2話 返信
はじめまして、こんにちは。
僕は先日、この部屋に引っ越してきた者です。
とても不思議で、驚いています。
僕がここに来る前日に、大家さんが部屋を隅々まで掃除してくれたはずなのに……。
押入れの奥に、あなたの手紙が落ちていました。
他人の手紙を勝手に読んでいいものか悩みましたが、ついつい読んでしまいました。申し訳ありません。
これは遺書なのでしょうか?
あなたはまだ生きていますか?
それとも、もう亡くなっているのでしょうか?
出来るならば、生きていて欲しいです。
あなたは人間を愛している。
あなたは人間を愛することを知らない。
だからこそ、生きて欲しいのです。
こんなこと、病気に苦しんでいる方に言っては無神経かもしれません。
僕はあなたの名前を知りませんし、性別すら分かりませんし、顔も見たことがありません。
それでもどうか、死なないでください。
僕は俗に言う「毒親」に育てられました。
子供の頃から、暴言と暴力ばかりの日々でした。
20歳になって、やっと逃げられました。
運良く仕事はすぐに見つかりましたが、僕には学歴も資格も無いので給料は低いです。
だから、この部屋を選びました。
ここは「事故物件」として有名な部屋で、家賃がとても安かったからです。
幽霊よりも、生きている人間の方が怖い。僕はそう考えているので、事故物件でもたいして気になりませんでした。
不動産屋さんも大家さんも詳しくは教えてくれなかったけれど、この部屋ではかつて、住人が亡くなったそうですね。
死因は、自殺だったのでしょうか?
その自殺者は、あなたですか?
実は、僕は不思議なほどに、この部屋が心地良いのです。
引っ越してくる前はさすがに少し怖かったのですが……。部屋に入った瞬間、恐怖感は消えました。
暖かいのです。
この部屋は暖かい。
何というか……。
「この部屋で、誰かが一生懸命に生きていた」
そんな痕跡が、部屋のあちらこちらに残っている気がするのです。
ここに座っているだけで、心が締め付けられて、切なくて、愛おしくて、泣けてくるのです。
誰かを強く抱きしめて、「がんばったね」って、言いたくなるのです。
これは、あなたの「思い」なのでしょうか?
そうであるのなら、僕は祈ります。
あなたは「思い」を残して、この部屋から出た。そして、どこか別の部屋で生きている。
誰かに愛されて、誰かを愛して、笑っている。
そうであることを祈らずにはいられません。
どうか、どうか、この世界のどこかで生きていてください。
僕もときどき、無性に死にたくなります。
それでも生きていこうと思います。
足掻いていこうと思います。
いつか、あなたに会いたい。たくさん話してみたい。
あなたが書いた物語を読んでみたい。
あなたの手紙は押入れの奥に戻しておきます。その横に、僕の返信を置いておきます。
明日は早番です。5時起きです。大嫌いな先輩と一緒のシフトです。がんばります。
おやすみなさい。
最後にもう1度、言っておきます。
いつか、あなたに会いたいです。
あなたが幸せになりますように。
遺書(?) 麻井 舞 @mato20200215
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