認められたかった

「行くよ、姉さん」

「うんっ!」


 壁を破壊したアルヴィンとセシルはそれぞれ前へと突っ込む。

 アルヴィンは己が精製した大槌を担ぎながらシリカへ。セシルは大好きな弟が精製してくれた大剣を構えてユーリの方へ。

 それぞれが一対一の構図を作り出すために駆け出した。


「ふむ、これは随分と面白い状況になったな」


 しかし、シリカが直前で己の足場を膨らませ、アルヴィン達と距離を取る。

 不意を突けなかったことに舌打ちをするアルヴィンは一度立ち止まり、セシルも「仕方ない」と大剣を下ろした。

 完全な仕切り直し。いよいよ、最終局面に向けて狼煙が上がる。

 だが―――


「なんで……お前らが! まさか、私の魔法が通じな……ッ!?」


 パニックに陥っているユーリが叫ぶ。

 己の魔法に自信があったのだろう。当初の予定であれば、このまま同士討ちをさせて魔力の我慢勝負をするはずだったのだ。

 それなのに、拳を向けられているのは己。精神に作用する魔法が通じなかったのかと、驚くのも無理はないだろう。


「……うん、凄いよ。皆こんな感じでやられちゃってるんだね」


 セシルが大剣を下ろし、ユーリを見上げる。


「あんだけ怒りながら私に剣を振って来た理由が分かるよ。いや、うん。本当に凄い……多分、これは誰にも防げないよ。海に遊びに行った子供に水を被るなって言ってるようなものだよ」

「だったら……ッ!」

「言っておくけど、今も隣にいる人は憎たらしいよ。けどね───」


 疑問と怒気を孕んだ瞳を向けられる。

 それでも、臆することなく、セシルはきっぱりと言い放った。





 たった、たったこれだけ。

 その言葉を聞いて、ユーリは呆けることしかできなかった。


「ア、アル坊は……?」

「僕? 僕は姉さんほど過大な期待だいすきから生まれる荒唐無稽ではないけど……、からかな」

「なに、それ」

「いや、これって結構重要なことだと思うよ」


 呆けるユーリへ、アルヴィンは口を開く。


「精神の操作、対象を違う対象への認識の変革。多分蜃気楼とか陽炎とかの概念を参考にして作ったのかな? 『視覚の変化』、『錯覚』っていうよりも、魔法的に考えれば『創造』か『移動』。結局、精神そのものを操作するんじゃなくて望む方向に誘導するってところか主軸。だったら一応、固有魔法オリジナルには抗える」


 要は砂漠に見えたオアシスを見てどう行動できるかという話だ。

 蜃気楼だと分かった者は迂回し、本物のオアシスを探すだろうが、分からなければ喉の渇きと安息を求めて足を運んでしまう。

 蜃気楼をテーマにおいて作り上げた固有魔法オリジナルらしい種で、中々気がつけない巧妙なトリック。蓋を開けることができる者のみ、前へ進める。

 しかし―――


「えっ、だって……はぁ? そんな、それでも……はい? なに、お前らはただそんなことで私の固有魔法オリジナルから抜け出したっての!?」


 ほとんどの生徒が術中に嵌まっていく中、アルヴィンとセシルはある意味互いへの信頼だけで乗り越えてみせた。

 相手を信じているからこそ、こんな光景はあり得ないと。

 相手を大切に想っているからこそ、こんな光景はあり得ないと。

 たったそれだけ……そんな他者から見てすれば荒唐無稽なただの感情で、目の前の神秘を否定して見せた。

 話を聞いてなおさらに、ユーリは信じられないとあんぐりを開ける。


「不思議そうに思っているかもしれないけどさ、実際に横にいる戦闘狂バトルジャンキーは術中に嵌まってないんだから、信じるしかないでしょ。他の事例があれば、つまり仮定は根拠にしかできないんだからさ」


 ガバッと、ユーリの首が勢いよく横へ向けられる。

 すると、横にいるシリカは―――ただただ肩を竦めるだけであった。


「まぁ、私は貴様らとは違う理由だがな。そもそも、殺された者は殺された者の責任と不甲斐ない自分の責であって、仇討ちに燃えるような人間ではない」


 意味が分からない。

 だったら、なんで。


「なんで、シリカはここにいるんだよ……」


 おかしい。

 操られてなければ、己の横にいるなどおかしい。

 アルヴィンと戦うことも、己を守る必要などどこにもない。元凶である自分を倒そうと動けばいいだけのこと。今までのように、強者であるが故に問題を解決すればいい。

 なのに、何故? ここまで自分に付き合ったのか?


「あぁ、気にするな。弱者をにした私の責任を果たしているだけだ」

「ッ!?」

「だから安心しろ、途中で匙など投げたりはせん。最後まで自己満足に付き合うさ……どうせ、私も楽しいしな」


 ふと、ユーリの瞳に涙が込み上げてきた。

 今更、このような言葉をもらっても彼女に対する憤慨と憎悪は消えたりしないのに。

 しかし、おかしなことに。ユーリの瞳から涙が止まらなかった。

 認めてもらえたことに嬉しかったからか? そもそも、なんで己は

 分からない、もう、分からない。この言葉だけで涙を流している自分が、よく分からない。

 もしかして、私は―――


「全員が全員、君の努力を否定したりはしない」


 アルヴィンはそっと、拳を握る。


「この固有魔法オリジナルは間違いなく偉業だ。どんな歴史を漁っても、精神に干渉する魔法は編み出されなかった。それこそ、禁術ですらだ。その気になれば、戦場だってちゃぶ台をひっくり返すように一回で変えられる。それは僕だって、レイラの姉さんにだって真似はできない。そんな君に、僕は敬意を表したい……凄いねって、頑張ったね、って。僕は絶対に、何があっても先輩を否定しない」

「う、ぁ」

「だからこそ―――」


 そして、握った拳に力を込めた。


「そんな天才を倒すよ。間違ったレールの先に辿り着かせたくはないから」

「あァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 ユーリの背後から、天まで届かせんばかりの火の柱が立ち上る。

 ここに来て、初めて彼女は詠唱も必要とせずにこれほどのスケールの魔法を発動して見せた。やはり、彼女には才能がある……土壇場で、最終局面クライマックスで、背水の陣な状況であることが、やはり悲しい。

 故に、アルヴィンは拳を握る。

 横にいる大切な人に、こう口にして。


「じゃあ、、姉さん」

「うんっ、!」


 本当に、これが最後の最後。

 結末は見えかけてはいるものの、この最後で全ての幕は下りる。

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