賞賛を浴びない偉業
どうしてここにセシルがいるのだろうか?
分かれた場所は別々で、距離を互いに縮めていかなければ無理だ。
しかし、よく考えれば二学年の校舎と三学年の校舎は渡り廊下を挟んで繋がっており、互いに場所など気にせず戦っていれば合流してもおかしくはないのかもしれない。
だが、アルヴィンはそんなことよりも―――
「大丈夫、姉さん? 頭から血が出てるけど……」
アルヴィンはセシルに近づき、そっと血が滲んでいるセシルの額を拭った。
セシルはアルヴィンの手が添えられると、まるで愛おしさを感じるようにその手へ頬を当てる。
「うん、お姉ちゃんは大丈夫。ちょっと切っただけだから」
「……そっか」
ふと、そう口にした瞬間セシルの肌が若干だけ寒く感じた。
なんだろ? と、そう疑問に思った時、アルヴィンから白い冷気が漏れていることに気が付く。
これは、もしかしなくても……アルヴィンは自分のために怒ってくれているのだろうか? なんとなくそんな気がした。
「ふふっ、別にお姉ちゃんは大丈夫だから、ね?」
「……でも、姉さんを傷つけた野郎を許すかどうかは別問題だよ」
「それを言い出したら、お姉ちゃんは箸も持てないお嬢さんのまま騎士にならなきゃいけなくなっちゃう」
だから落ち着いて、と。セシルはアルヴィンの頭をそっと撫でた。
頭に乗るのは優しくも温かく、いつも感じているようなもの。それが落ち着く材料なのは言わずもがな。
アルヴィンの周りにあった冷気は徐々に収まり、体感も通常の平温へと戻っていった。
「そういえば、アルくんはどうしてここに?」
「どこぞの姉を蹴飛ばしてたらここに。姉さんは?」
「どこぞの
原因が一緒で物騒なのもこれまた珍しい。流石は姉弟であった。
「ってことは—――」
アルヴィンはゆっくりと視線を移す。
土煙が上がり、薄らと動く人影が二つ。少しすると肌を撫でるような夜風が吹いて土煙が晴れた。
そして、そこには己が突き落としたシリカと、咳き込みながらふらふらと起き上がるユーリの姿が。
「僕が連れてきた同伴者は除くとして……必然的に誰がってのは決まってくるよね」
あぁ、分かっている。
この場でセシルが特定の誰かと戦闘をしていた時点で、相手はこの状況において特別な誰かなのだと。
であれば、もう言わなくても分かっている───
「姉さん、この状況を終わらせようか」
こいつを倒せば、この残業が終わるのだと。
「……終わらせる?」
ユーリが体を起こしながら呟く。
ゆらりと、執念と憎悪を含んだ瞳を向けながら。
「はぁ? クソ天才ってよく吠えるよね身の程弁えずに驕った態度取ってさぁ! そういうのメディア受けしないっていい加減学習したら? 視聴者が萎えるよ、面白くないから!」
息も絶え絶えで、ユーリが吠える。
足元は覚束無いのに、それでも叫ぶということは譲れないものがあるからか。
横にシリカという少女がいる中、ユーリは真っ直ぐにアルヴィンを見据える。
「……面白くない、か」
アルヴィンは口に溜まった唾を吐き捨てる。
「結局さ、自己満足の延長線でしょ? だったらサンタクロースにでもお祈りしてれば? お茶の間の子供も瞳をキラキラさせるよ」
「……天才はこれだから」
そして、同じようにユーリも唾を吐き捨てる。
「そうやって、天才共は弱者の行動に関してなんにも関心を抱かない。あれなの? 上にしか興味のない無関心主義者なの?」
激しい嫌悪感を見せながら、もう一度ユーリは吐き捨てる。相変わらず、嫌悪感を浮かばせながら。
「無関心主義者で括るのは構わないけどさ、結局動機はなんなわけ? そっちはバイトの配達に共感を求める同情至上主義者?」
「あー、はいはい、そういう話に持っていくわけね。天才ちゃんは所詮正義感の表層しか見てくれないわけだ」
「そういうわけっていうか、そういう話でしょ」
どれだけ信念を持っていたって、どれだけ行動に関して意味を持たせたって、やっている結果が最悪であれば正義ではない。
認められない、褒められない、喜べない。
結局はそういう話。
これはいくら進んでも誰からも賞賛を浴びない偉業の話なのだ。
だから───
「
───悲しい。
凄いことをしているはずなのに、それを認めてあげられないなんて。
「……さい」
震える拳が、アルヴィンとセシルの視界に入る。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッッッ!!!」
吐き出されるのは鬱憤か、否定されたことへの憤りか。
遠目からでも分かるほど形相は歪み、シリカの横でユーリは叫ぶ。
「天才はいつもそうだ! 弱者を否定して上からものを言う! 眼中に入っていないんだろ? 賞賛の先に何も求めてないんだろ? あー、アル坊には分かんないよね恵まれた才能者だもん! 分かってる、この行いの先に賞賛も賛美も賛辞も何もないってことぐらい! それでも! 私は! 比較する脱落者と眼中にも入れない才能者をぶん殴りたいッッッ!!!」
その言葉を、シリカは黙って聞いていた。
いつものように不遜な態度をすることも、慰めることも、止めることもなく。
故に、ユーリの言葉は誰にも止められることなく───
「だから、クソ邪魔なんだよ才能者がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
四方八方、あらゆる角度から一斉に生徒達がアルヴィンへと襲いかかる。
怨敵、仇、復讐対象。それぞれ憎悪と憤怒を見せながら、アルヴィンに武器と拳を向けた。
四方を埋め尽くす生徒達によって逃げ道などどこにもない。ある意味での物量。質量ではなく、ただただ
「ふぅ……」
───氷漬けになった。
「……は?」
あまりにも一瞬。
視界が透明でどこか青く輝く景色になったことに、ユーリの口からそんな言葉が漏れた。
「……邪魔はどっちだ」
そして、氷の造形の中心には白い息を吐き出す一人の少年の姿が。
「こんな自堕落な生活に刺激を与えやがって。躾するからそこに正座してろ……クソ凡才」
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