魔法の天才VS生粋の異端児②

 別にこの世の中は一つの思考で動いているわけではない。

 生きている人間、それぞれに互いの世界を持っていて、それぞれの目的や行動原理に基づいた思考が存在する。

 相容れないなど当たり前。人は生きているだけで誰かの権利を奪っているのと同じで、あとはふてぶてしく、相容れないことを受け入れて己の思考をどこまで突き通すかが客観的に見る世界の思考に影響させる。


 今、この場で。

 シリカがどうして傀儡ゾンビになっていないのに自分と戦うかは分かっていない。

 戦闘狂いのイカレ野郎だからか、友人を見離せない優しい精神の持ち主だからか、見たこともない魔法に探究心が湧いたからか。

 いずれにせよ、アルヴィンがしなければいけないのは状況の鎮静化のみ。

 それと───このまま進めば、姉さんが怪我をしてしまうかもしれない。だから倒す、これに限る。

 故に、アルヴィンは知り合いの姉だったとしても、自分の姉を優先させるために拳を握る。


「では、もう一幕! 貴様を倒すことをあいつは望んでいるらしいからな!」


 ゴーレムの肩から有象の鞭がアルヴィンへと向けられた。

 よくも分からない木偶の上なために足場は悪い。それでも、アルヴィンはまるで平地を駆けているような軽やかさで疾駆する。


「友達なら間違いを指摘するもんじゃないの?」

「間違いだと認識するのは人それぞれだろう。客観的だけが正義せいかいではないぞ? 社会主義が浸透していない時点で、個々の思考は縛られていないと証明されているのだから!」


 鞭を氷で生み出した剣で斬っていく。

 すると、ふと足元が沈んだ。まるで沼に嵌ったかのように。しかし、アルヴィンはすぐさま足場をお氷で固めると、そのまま脚力だけで嵌った沼から抜け出した。

 頭上から鞭の雨が降り注ぐものの、アルヴィンは手持ちの剣だけで鮮やかに捌き切る。


「相変わらず、並の攻撃だけでは通じんな」

「そっちこそ、話が通じない頑固な頭なこって」

「優柔不断で秋の空な女よりかはマシだろう?」


 アルヴィンは持っていた剣をそのままシリカ目掛けて投擲する。

 シリカは足元から巨大な壁を出現させて防ぐが、次の一瞬にしてアルヴィンの蹴りが壁を砕いた。

 いつの間にここまで迫って来たのか? もう、異端児と相手にして慣れ始めたシリカは思わない。すでにこうなるのであろうというのは想定している。

 だから、壁が砕けたこの瞬間にシリカはアルヴィンが顔を表す前に土の槍が放ち───


「ハハッ! 化け物め!」


 ───アルヴィンは首を捻ることによって頬を掠める程度に収まった。

 瓦礫によって視界が塞がれていたというのに、まったくの不意の一撃だったというのに。

 現れた瞬時に最低限で躱されるなど、驚嘆以外の言葉が見つからなかった。

 正に天性の戦闘センス。無類の才能。

 持ち前の反射神経を見せたアルヴィンは、すぐさま氷の剣を精製して振り被る。

 一撃、早急に相手を倒す。

 すると、再びアルヴィンとシリカの隙間に巨大な壁が聳え立った。


「時間は稼がせてもらう!」

「…………」


 しかし、それを確認したアルヴィンは剣を回転させて握り直す。

 ただし、掴んでいるのは柄の部分ではなく剣の切っ先。そして、切っ先を握ったまま壁へと叩きつけた。

 もしも、剣の側面で叩きつけただけでは弾かれていただろう。接している面積が多ければ与える力は拡散してしまう。

 だが、切っ先を握ったことによって叩きつけられたのは横に少しだけ伸びている剣の鍔。ピッケルを想像してもらえば分かりやすいだろうか? 一点集中、ピッケルと同じ要領で振り下ろされた剣は容易に壁を砕き、そのまま壁の向こうにいたシリカの脇腹へとめり込ませた。


「がッ!?」

「壁一枚で近接戦のプロ相手に安心されても困るよ」


 めり込んだ衝撃は壁一枚などなかったかのように強く、シリカの体をゴーレムの上から容易に引き離す。

 またしても浮遊感。シリカは口から血を零しながら、指先を上へと向けた。


「ケほっ……まったく、容赦なく女を殴るとはな」


 その瞬間、アルヴィンの頭上へ二メートルは優に超える何体ものゴーレムが降り注ぐ。

 安易に動かすのではなく、単に圧倒的な物量と質量のために。


「ほら、レディーからの好意の籠ったプレゼントだ。ありがたく受け取れ、義弟」


 それを受けて、アルヴィンはただただ頭上を見上げる。


「……ほんと、アカデミーに入ってからこんなのばっか」


 何をするわけでもなく、流れる飛行機雲を見送るように見上げる。

 何もしなければ、何も状況は変化しない。

 故に、ひたすらに重いだけの岩以上の物体がアルヴィンの体を圧し潰した。


(なんだ……?)


 疑問。

 空中に足場を作り、状況を見送っていた脇腹を押さえながらシリカが首を傾げる。


(何故、何もしない?)


 瓦解していくゴーレム。崩れ落ち、瓦礫と化して沈んでいく岩。

 アルヴィンであれば、物量で押したとしても何かしらのアクションはあってもよかった。壊すなり、避けるなり、次のアクションなどいくらでもあったはず。

 しかし、どうして何もしないのだろうか? 自分の想像以上にダメージが蓄積していたのか?


(分からないが、この程度で終わる相手なら苦労はするまい)


 故に、シリカは警戒する。

 崩れ落ちていくゴーレムを注視しなが───


「ッ!?」


 ───ら、シリカのいる場所へと一直線に氷の柱が突っ込んできた。

 今のシリカは地面から柱を伸ばして、その上に立っている状態。身を転がして避けるなど不可能で、シリカはなんとか身を屈めることによって柱を避けていく。

 そして───


「才能責任義務我儘理屈願望って……僕の知らない矜恃で僕と姉さんを振り回すな」


 


「〜〜〜ッッッ!!???」


 シリカの体が今度こそ、宙から地面へと飛ばされる。

 浮いたのではなく、上から蹴りで叩きつけられたような形。魔法など出している暇もなかった。


「難しい矜恃なんか御大層に披露しないでさ、もっとシンプルに考えようよ」


 シリカが地面に衝突した轟音を耳にして、落ちたシリカを見下ろした。



「人様に迷惑かけてんじゃねぇよ、クソ凡才共が」



 そんな言葉を吐き捨てたあと、アルヴィンもまた地面へと降り立つ。

 ここで終わるなど思ってはいない。あの戦闘狂バトルジャンキーのことだ、どうせ立ち上がって笑みを浮かべながら己が責任を果たしに来るに違いない。


「……ほんと、なんのための戦いなんだろうね」


 そして、いつの間にか。

 自分達が移動していたことに、この時アルヴィンは気づいた。

 何せ、降り立った先には───


「へっ?」

「姉さん……?」


 ───立ち止まった、セシルの姿があったのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る