凡人VS凡人②
確かに、これで思う存分背丈以上のバカ大きい剣は振るうことはできるだろう。
降り立ったのは、校舎と講堂の間にある敷地。
国内最大の学園であるからにして、ちょっとした場所でもかなりの広さがある。
戦闘する場所ではないが、ベンチや噴水しか遮蔽物もないため、ちょっとした喧嘩スペースにはもってこいだ。
───こうした場所は、魔法士にとって少し不利ではある。
ヒットアンドアウェイが専門職である以上、物陰に身を任せられず距離を取りずらい場所は厄介。懐に潜りこめられれば終了に近いのは言わずもがな、近接戦においてセシルを圧倒するのには無理がある。
しかし、それは
それに―――
「ハハッ、ここが互いに有利な場所?」
空いた
「わざわざ蜘蛛の巣に落ちたようなものじゃない!? このドブス!」
押し寄せた生徒は一直線に同時に着地をしたセシルの下へ。
あたかもユーリの姿など眼前にも入らないとでも言いたげな表情のまま、それぞれが武器を片手に
「はァ!? ドブスじゃないし、アルくん好みのナイスバディなお姉さんだしッ! そういう発言は自分が男の子の鼻の下を伸ばせるようにになってから言えこのあんぽんたんッッッ!!!」
セシルは大剣を担ぎながら一直線へユーリの方へ。
途中襲いかかって来る生徒達には飛び蹴りを。掴んでくる敵には拳を。囲まれるまでに前へ。
そうして着実に距離を詰めていく。数多の生徒相手にこの立ち回りができるのは流石騎士団の副団長と言ったところか。
しかし、ユーリの口元が獰猛に釣り上がる。
(生徒から逃げるように来れば、射線は固定されたようなもの!)
縦横無尽に動ける環境とは違って、場所は生徒が制限している。
見事に立ち回れたとしても、逃げている以上確実に射線は固定されてしまう。
だからこそ、ユーリは今一度詠唱を始める。生徒を巻き込まないよう風の弾丸を、脳天目掛けて。
「落ちろ、ブラコンッッッ!!!」
目に見えない風の圧が射出された。
それは見事に生徒を飛び越えようと跳躍したセシルの脳天へ───
「……ぁ?」
しかし。
ガキッ、と。剣の柄によって弾かれた。
「なん、で……バッ!?」
この思考の空白は最悪だ。
わけも分からないと、そう疑問に思ってしまった時点で体が固まり、その間にセシルが間合いを詰めてしまう。
詰められてしまえば、あとは抵抗することも難しい近接戦が始まった。
「そりゃ、逃走ルートが固定されたらそこにしか攻撃が来ないからね! 見えないプレゼント持ったサンタの場所が分かっていればこっちのもんだよ!」
刃のない大剣がユーリの脇腹にめり込む。
肺から空気がなくなり、次に起こるのは広い敷地の上を何度もバウンドすることだけ。
「げホッ、げほっぁ!?」
腹部が痛い呼吸ができない。
それでも体を起こさなければと力を入れるが、すぐさま近づいてきたセシルの蹴りがもう一度腹部へめり込んだ。
「ばッ!?」
「甘い甘いっ! 魔法士は呼吸ができなきゃ詠唱できないでしょ!?」
その通り、魔法士は呼吸ができなければ魔法は撃てない。
アルヴィンやリーゼロッテ、シリカといった無詠唱の使い手ならいざ知らず、並の魔法士のほとんどが詠唱という言葉を発しなければならないのだ。
呼吸さえ封じてしまえば脅威ですらない。だからこそ、必然的にセシルの攻撃が腹部に集中する。
「安心して、女の子だもんね。可愛い顔に傷をつけるって無粋な真似はしないよ♪」
「こん、の……クソ凡人が……ッ!」
地面をバウンドしながら、ユーリはセシルへ向けて指先を向ける。
また来るか!? と、セシルは一瞬だけ風の弾丸を警戒した。しかし、直後に襲ったのは……ただの木でできた武器による頭部の痛みであった。
「あッ!?」
「だったら詠唱なんかしてやるか、私の
一度当たった際の隙も致命的。
この一瞬だけで、
「あーっ、もうっ! 一体どういう原理なのさこれ!? ギャラリーがいっぱいすぎてマジックの種もまともに考えられないよ!」
「マジックの種が明かされちゃマジシャン失格だし! 素直に客席に回れよ観客風情がッ!」
ごすっ、ごすっ、と。
あまりに多くの
「火と風の応用。人の深層にある人物の想像、視界の変化、偶像と現実、概念の位相替え。騎士は何を言ってもわかんないでしょ!? 魔法の理論や構築なんて考えなくても、お前らはマッチョを目指して肉体改造しか目指さないんだからさァ!」
殴られ続けるセシルが大剣を握り締め、四方へ振り回す。
それだけで周囲にいた生徒は吹き飛んで行ったのだが、今まで殴られ続けていたおかげで額からは薄らと血が流れていた。
とはいえ、今更乙女に似つかわしくない赤が現れたとしても動じる乙女ではない。
すぐさまに手に持っていた大剣を───
「そーれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!!」
「ばっ、か……ッ!」
ユーリは慌てて身を逸らすことによって大剣を回避する。
まさか持っている唯一の武器を投げてくるとは。襲いかかってもらっている間に距離を取っていたユーリも、流石にこれは予想外であった。
故に、反射的に避けてしまった合理性のない行動へ、セシルが容赦なく漬け込んでいく。
具体的には、スライディングの要領でユーリの足を払い、そのまま体ごと頭上へ蹴り上げる。
「〜〜〜ッッッ!!!???」
あのような大剣を振り回せるほどの筋力。
悠々と上空へ飛ばされたユーリは身動きが取れず、球技のボールになってお空を見上げるという不思議なことを体験してしまった。
そこへ、飛び上がったセシルの拳が腹部へ突き刺さる。
「私には魔法のことなんて常識ぐらいのしか知らないけどさ」
ユーリの体は綺麗に、弧を描きながら初めに飛ばされた敷地とは別の場所へと向かっていく。
「敵を倒すんだったら、細かな理論より拳の方が効率的だと思うんだよね!」
セシルは着地し、追撃するかのように別の敷地へと駆け出す。
逃がさない、決着をつける。そのために、講堂の曲がり角を曲がった。
そして、そこにいたのは───
「へっ?」
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