傀儡の責任
『姉さんも、いい加減その態度を変えないといつか痛い目見るわよ?』
いつぞや、妹にそのようなことを言われた気がする。
弱者を慮り、周囲を見渡して接しろと言いたかったのだろう。凡人の妹らしいセリフ……あぁ、いや。もう凡人と呼ぶには少し功績が強すぎるな。
とはいえ、弱者を慮らなければならないという理解には少々苦しむ。
お前は道端に転がっている石をいちいち数えて歩くか? 多少見知った石だからといって、立ち止まりながら話しかけたりするか?
しないだろう。もしするとすれば、一日の使い方を忘れた暇人ぐらいなものだ。
道端の石ころを数えているぐらいなら、真っ直ぐ前を向いて陽を浴びていればいい。
これは効率ではなく取捨選択だ。
無駄を削ぎ落し、必要なもののみに意識を向ける。その方が己の実にもなり、必然的に効率的にもなる。
そもそもの話、守ってもらうはずの弱者にとって慮るという行為は贅沢極まりないだろう。
守られておきながら更に上を望む。強者である我々に、強者以上の対応を求める。
せっかく料理を提供したのに話し相手にもなれと言っているようなものだ。厚かましいとは思わんか? 黙って与えられた飯でも食べておけ。今日のローストビーフは美味しいんだ、ソースも気合いが入っているぞ?
(まぁ、それを踏まえても彼女は話し相手がほしかったんだろうがな)
話し相手がいなければ、暇を持て余す。吐き出せる感情が行き場をなくし、時間の問題で爆発する。
まるで赤子だな。ガス抜きまで私の仕事になるなど、思いもよらなかった。
ただ、ガス抜きをしてやれば……よかったのかもしれんな。久しぶりにそのようなことを思ったよ。
『いい気味、本当にいい気味。滑稽もいいところじゃない? 弱者だと比較し見下したゲロ野郎達にとってはさ』
どうやら、彼女は吐き出せる感情を執念に変えたみたいだ。
恐らく、風と火の複合だろう。蜃気楼という言葉は気温と光の屈折によって遠くにある景色を近づけたり逆にしたりする。どこかにあるものを眼前に移す行為は科学的には『視覚の変化』、『錯覚』なのだろうが、魔法的に考えれば『創造』か『移動』に近い。
彼女が生み出した魔法は蜃気楼という概念の位相替えのようだ。
対象の意識の中で大切な者を眼前に移し、第三者に襲わせる偶像を創造させる。そうすることによって、視界に怨敵。妬ましく憤るほどの怨敵の完成ということだ。
あとは怨敵を己の敵と被せれば、魔法の対象となった人間は魔法士のいい
ふむ……まぁ、面白い。執念がここまでの魔法を生み出すのかと、私は感嘆してしまうほどだ。
いつの間にこのような
ただ、私にはあまり効力はなかったがな。そもそも、最愛の人間が誰かに殺されたところで、私の責任ではない。本人の責任だ。仇討ちが似合わない人間だというのはよく分かっている。私は自分自身のショーケースに影響を与えない限り、あまり憤慨しないからな。
だからカラクリさえ分かってしまえばどうということはない。視界が書き換えられていようが、前提を把握しなければ考慮にも値しないからだ。
その点で言うと、あの
しかし、弱者はこうして慮らずに放置していれば自然と昇華する。という原理がこれからも成立していくのなら、別に妹の発言は更に考慮するに値しない。
『後先なんて考えない……絶対に、私は私のターンを終わらせる』
とはいえ、その強者が己のレールを壊そうとしている姿を見ると少し胸は痛む。こればかりは驚いた。
知っている仲だったからか? 知っている仲の中でも、多くの時間を共にしたからか? まさか、私にもこのような感情があったとはな。
彼女が行く道は破滅だ。どう転がっても、何百人の生徒を傀儡にして文句が挙がらないわけがない。
だが、弱者が弱者なりに成し得たかったことがあり、それが強者へと続く道……もとい、私のせいなのであれば、ここは降って湧いた機会に便乗しよう。
「これから先、どのような結末が起こっても私が一緒に責任を取ろう」
こういう気持ちも悪くない。
ようやく、妹が言いたかったことを身を持って味わうことができた。
「そうだな、思うようにしたことをすればいい。私を滑稽な玩具にでもすればいい。私はお前の望む手足となろう。責任を押し付けたいなら押し付けてもいい、目の前の相手を倒してほしければ倒してみせよう。それがお前の希望であり、私の願望と重なるならいつまでも。サイドメニューは何がいいだろうか? この有象無象の弱者の退場? ならば私が実行してやる。メインディッシュはこれからなのだろう? お前は私が認めた強者を倒し、意趣返しができれば満足なのだろう? あぁ、幼稚など言わないさ。人は皆、都合のいい思考にしか意識を向けたくない我儘で幼稚な生き物なのだから。そこにこのような高揚を与えてくれたのだから、蔑みはしないさ。そもそも、もう私はお前を蔑んだりはせん。ぞんざいに扱うことすら憚られるだろう。しかし、友と扱えたとしても、語り合う場所は鉄格子の中だがな。よもや、それも一興かもしれん。流石の私も鉄格子の中でティータイムなどしたことはない」
見上げる月夜が、不思議と輝いて……は、見えないな。いつもより陰って見える。
きっと、この現象は間違いなく間違いで、間違いなく悪手なのだろう。
しかしながら、これは私の責任。弱者だと見放した人間のターン。
そこに熱い口説き文句など無粋だろう。望むのは、望みが砕かれるか望みが叶うかの表と裏だけだ。
「ねぇ、
私の作ったゴーレムの上に、一人の少年が降り立つ。
そして、不信を滲ませた瞳で強者の異端児がふと問いかけた。
「お前、本当は別に
笑えてくる。
あぁ、笑えてくる。
「今の私は
さぁ、
これがどんな結末を迎えようが、私が望む幕引きをしてやる。
それで満足なのだろう? なぁ、
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