凡人VS凡人①
魔法士において近接戦とは、最も苦手とするジャンルだ。
無詠唱で魔法が扱える才能を持つ者ならまだしも、英称が必要な凡才には懐に入られた時点で攻撃の手段が大きく足枷となる。
何せ、詠唱するよりも先に拳を叩きつける方が速いのだから。
故に、魔法士の戦闘スタイルは『相手を近づけさせない』をモットーとしたヒットアンドアウェイである。
しかし、現在ユーリがいる場所は教室という狭い空間の中。魔法士にとっては不利な場所だ。
なんでこんな場所にいたんだよ、とここがリアルタイムで視聴者が観ていればツッコミが入りそうなものである。本人としては「椅子もない状態で一日座ってなんかいられないし」なのだが、戦闘を前提として引き起こした現状なのだから、墓穴もいいところだ。
とはいえ───
「んで? 息巻くのはいいけどさぁ……弟くんから教えてもらったお気に入りの
ユーリは大剣を担ぐセシルを見て嘲笑を含めた高笑いを向ける。
そして、すぐに詠唱を始めた。
「濃く、紅く、我が視界を焦土と彩れ!」
手に現れるのは少し大きな火の玉。それを思い切りセシル目掛けて投げ飛ばす。
着弾はセシルの手前にあった机。触れたと同時に、視界を真っ赤に染め上がるほどの炎が広がった。
「ちょっと、私情でこんなに備品壊しちゃってもいいの!? あとで送られてくる請求額見て涙目になってもお姉ちゃん知らないからね!?」
「今更私が勘定に入れるわけないじゃん! やったらやった、あとのことはあとに考えようぜ♪」
真っ赤に染める視界の中、セシルの声が聞こえる。
あの程度でセシルを倒せるとは思っていない。凡人だと判断していても、セシルはアカデミーの騎士団を率いる同じ副団長だ。
それが並の人間に務まるポストだとはハナから想定していない。
でも───
(そんな大剣、ここで振り回せるわけないし!)
第二射を用意しながら、ユーリは笑う。
「濃く、紅く」
セシルの持っている大剣は優に二メートルは超えている。
振り上げれば天井に突き刺さってしまうし、横薙ぎに振るったとしても壁に当たってしまう。
いくら重量があって、それに伴った威力が出せるとしても振り回せるほどのスペースがなければ意味がない。邪魔もいいところだ。
(つまり、今のセシルは綺麗な
並以上の実力など知ったことか。
まともな攻撃ができない以上、なんの脅威にもなりはしない。
「我が視界を───」
だが、その時だった。
燃える炎の景色から長方形の長い等身が迫ってきたのは。
「んなッ!?」
詠唱をやめ、ユーリは慌てて身を屈める。
壁や壁にめり込んだ、いかにも「絶対構造上いるだろ?」的な柱をも無視して、抉りながら、ユーリの頭上を巨大な剣が通り過ぎていく。
「さっき、備品がどうこうとか言ってなかった……ッ!?」
「お姉ちゃんはお金ならいっぱいあるお家の人だから〜」
これだから金持ちは困る。なんでも金で解決できるとお花畑思考だ。
ユーリは詠唱を再開し、再び火の玉をセシルへと投げつけた。
一方で、セシルは片手で近くの椅子を掴み取ると、火の玉目掛けて放り、早めの着火を誘発させる。
(ここまでめちゃくちゃだったっけ、こいつ!?)
ユーリは身を屈めながら端から端を移動する。
何故か? そんなの、大剣を振るった瞬間から無尽蔵に机やら椅子やらが凄いスピードで投げつけられてくるからだ。
当たりどころが悪ければ、一撃で意識を刈り取られる。そう思わせるぐらいのもの。
ユーリは舌打ちをすると、キリがない現状に魔法を放つことに決めた。
「濃く、紅く、我が視界を焦土と彩れ!」
容赦はなく、先程よりも強めな火力で。
投げ飛ばすだけの椅子と机を全部燃やし尽くしてしまえば、セシルの武器も減る。
壁を抉り、振るってきてはいたが、以前シリカとの戦いで見せたほどのキレはなかった。恐らく、壁や柱がやはり邪魔となっていたのだろう。
先程は驚いてしまったが、想定してしまえば魔法を気兼ねなく撃てる自分の方がまだ有利。
「天才共じゃなくて、お前なんかに負けてたまるかッ!」
着火した魔法は先程よりも眩く教室を飲み込んだ。
案の定、教室にあった机と椅子はほぼすべてが火に包まれ、まともに触れる状態ではなくなっている。
だが、しかし。
「は?」
ユーリは見た。
燃え上がる教室の中、視界に広がる新しい壁を。
いや、正確に言えばセシルの持っていた大剣を横に起こした形。等身ほどではないが、人の腰ぐらいは横幅のある剣。
視界が火で悪くなっているからか、ユーリの目には新しい壁でもできたのかと映った。
そして───
「ずっどぉぉぉぉんッッッッ!!!」
その壁が、勢いよくユーリの体を押し潰した。
「ばッ……!?」
先程、セシルが壁を抉った影響もあるのだろう。
押し潰されるように叩きつけられたユーリの体は、大剣ごと背の壁を壊し、宙に身を投げ出される。
(なに、がッ!?)
その答えは、きっとすぐに理解させられた。
「ま、さか」
主に同じく落下してくる、足を伸ばし切ったセシルの体勢を見たことによって。
「じ、自分の大剣にドロップキック……!?」
刃を寝かせ、その側面に向かって思い切り飛んで蹴る。
たったこれだけ……これだけで、ユーリの体は意図も容易く宙へと放り投げられた。
セシルの土俵───大剣を自在に触れる、教室の外へ。
「今を生きる女の子がすることじゃなくない!?」
「甘いよ、凡才! アルくんはお淑やかよりもアグレッシブな子の方が好きなんだよ!」
ニヤリと、共に落下しながらセシルは笑う。
「互いに楽なフィールドへ、レッツゴー♪」
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