他者達は───

 ズンッッッッッッッッ!!! と、重たい衝撃音のようなものが耳に響く。

 何事なのか? 一瞬疑問に思ったリーゼロッテだが、直後校舎を越えるように聳え立った氷の柱を見てすぐに考えをやめた。


(アルヴィン様が戦闘中、ですか……ということは、相手はシリカ様なのでしょう。そうでなければ、あれほどの規模で魔法を使う必要などありませんから)


 今日は月夜が綺麗だ。氷の柱が薄綺麗な光によって幻想的に輝いている。

 そんな光景を、リーゼロッテはの上に座りながら見上げていた。


「ふぅ……せっかくなら私がシリカ様のお相手をしたかったのですが、タイミングが悪かったみたいですね」


 もしこの惨状を騎士団の誰かが目の当たりにすれば「これだけの山を築いておきながら何を」と、口を揃えて言ったことだろう。

 しかし、残念なことにこの場にはリーゼロッテ以外の誰も存在しない。もちろん、洗脳されているであろう生徒達も、だ。


(とはいえ、予想はしておりましたがやはりシリカ様が首謀者ではなさそうですね)


 固有魔法オリジナルは個人に一つが原則で、例外はない。

 既存の魔法では知り得ない魔法が広がっている現状、元よりシリカは容疑者の候補からは外れていた。


(そもそも、彼女であれば守る対象をわざわざ己の武器にはしないでしょう。ご自身の手だけで力を誇示させたいお方ですから)


 であれば、一体誰がこの惨事を引き起こしたのだろうか?

 であれば、一体誰が固有魔法オリジナルの域に達したのか?


(それに、元より今回の一件……を目的とはしておりませんね。洗脳対象ゾンビが持たされている武器も全員が木ですし……となると、何故?)


 動機は? 目的は? 今まで隠してきた理由は? 一体、何故———


「……いえ、考えるのはよしましょう。どうせ誰かが辿り着いているでしょうから」


 リーゼロッテは二刀の剣を携えたまま、ゆっくりと積み上がった人の山を下りる。


「さて、あまりソフィア様のお手を煩わせないよう努力しながら数を減らしに向かいましょうか」


 向かう先は、衝撃音がした場所とは少し方向が違うところだ。


 ♦♦♦


『がッ!?』


 生徒の一人が地に倒れる。

 ただし、倒れる際に窓の角へ頭をぶつけてしまい、最後に何やら変な音が聞こえた気がした。


「あっ」

「レイラさん……」


 悪気があったわけではないのだが、レイラは申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 その視線の先には、すかさず駆け寄って治癒の魔法を使うソフィアの姿。こうした際、後遺症のことを考えずに済むので回復士ヒーラーという存在は助かる。ソフィアからしてみれば余計な手間を増やさせられて少し迷惑だろうが。


「……私が言うセリフじゃないけれど、この戦いが終わったあとのソフィアの仕事量って大変そうね」

「あははは……戦闘面ではお役に立てないので、そこは別に大丈夫なんですけどね」


 とはいえ、全校生徒三分の一に対して回復士ヒーラーは一人だ。

 どれだけ騎士団の面々が制圧にあたって怪我をさせたか分からないが、仕事量が多くなりそうなのは分かり切っている。

 だからこそ、ソフィアは思わず返答で苦笑いを浮かべてしまう。


「しかし、他の方は大丈夫なのでしょうか……?」

「他の方って?」

「その、アルヴィンさんとか……です」


 少し頬を染めながら、どこか気恥ずかしそうに口にするソフィア。

 レイラとしては巻き込まれた生徒の方なのか、騎士団の人間なのかという疑問だったのだが、ソフィア的にはアルヴィンの話らしい。

 真っ先に名前が挙がってくるところを見ると、ソフィアの中でアルヴィンはかなり意識してしまう人物なのだろう。

 相変わらずモテモテね、と。レイラは肩を竦めた。


「まぁ、彼なら大丈夫でしょう。何せ―――」


 そう言いかけた時、ふと重たい衝撃音のようなものが二人の耳に強く響いた。


「きゃっ!」


 思わずソフィアは耳を押さえるが、レイラは気にも留めない様子で校舎から外を覗いた。

 そこには巨大な氷の柱がいつの間にか聳え立っており、仄かに冷気を感じ始める。


「こ、これ……アルヴィンさんの魔法、ですよね……?」

「この大きさの魔法を放てる生徒なんて、私はアルヴィンしか知らないわ。他の候補者がいたら教えてちょうだい、引き抜くから」


 というより、ここまで氷の魔法に長けている人間は中々正式な魔法士でも見かけないだろう。

 これが唯一無二。あらゆる分野に関して才能しか与えられなかった人間の才能。

 何度か見かけたことがあるとはいえ、ソフィアは聳える氷の柱を見て自然と「凄いです……」と口から零れてしまった。

 一方で、レイラは同じ光景を目の当たりにして口元を緩める。


(流石ね、相棒アルヴィン


 その時、もしソフィアが横に顔を向けていれば……少し疑問に思ったかもしれない。


(私の英雄ヒーローさんは、そうでなくっちゃ)


 どうして顔が赤いんですか? と。

 そう疑問に思ってしまうぐらい、レイラの向ける視線と表情には熱っぽさが滲んでいた。


(私はこのポジションでいいわ……だから、あなたは私を引き留めらせて、ね)


 その願いは、本人に届かぬままことは進んでいく───

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