凡人なりの
三学年の校舎。
アルヴィンと別れてからセシルが真っ先に向かったのはそこであった。
理由は至って単純───まぁ、なんとなく?
特段皆が検討をつけられていない以上、とりあえず虱潰しに捜すしかないと考えた結果、自然と、たまたま足を運んだような形。もしかしたら、普段自分が足を運んでいる場所だから勝手に向かってしまったかもしれない。
しかし、結果オーライだったというのは教室の中にいるユーリの姿を見れば一目瞭然であった。
「ペラペラと語ってくれちゃってるけど、ユーリちゃんは推理小説とかお嫌いなタイプなのかな?」
「あははっ! マジでそういう頭使って深みを出す作品とか嫌いかも! 答えがあるなら早く教えろって感じだし!」
緊張感もなく、ただただユーリは上機嫌に笑う。
セシルはそんな様子に少し眉を顰めながら、大剣を担いだまま見守った。
「っていうか、それだったら私も「親の仇!」って言った方がよかった? 周囲の連中と一緒で滑稽になって途中笑っちゃうかもだけど」
「私は全然笑えないけどなぁー? 要するに、今ユーリちゃんがしてるのって嫉妬というか八つ当たりでしょ? 子供思考にお姉ちゃんついていけそうにありません」
「セシルなら分かってくれると思ったんだけど……所詮、優秀な弟がいて諦める側か」
ショックだよ、と。少し落胆したような表情を浮かべるユーリ。
「まぁ、自分が少し特殊だっていうのは知ってる。よく言えば負けず嫌い、悪く言えば諦めが悪い」
もし簡単に才能を諦められるような性格をしていれば、随分と生きやすかったのかもしれない。
普通の学園生活を送って、普通に誰かと結婚して、普通にどこか就職して。
無難に無難を重ね、天才を下から他人事のように比べれば、幾分か気持ちも楽だっただろう。
しかし───
「私はそれが許せない……ッ!」
ユーリが近くにあった机を蹴り上げる。
「比較する有象無象も、見下す天才共も、私は許せない! 足掻く弱者が不憫になるのは許せない! そんな社会が私は許せないッッッ!!!」
「……それは世界を変えたいって話? 実際さ、今やってるのって
扱えるだけで天才という枠組みに入り、色々な場所で優遇される。
こうして今皆が洗脳されているのは、どういう原理が知らないが間違いなくユーリの
であれば、妬むことなどせず見せびらかせばこのようなことをしなくても周囲の評価を一変できるはずだ。
なのに、ユーリはそれをしない。他者を巻き込み、惨事を引き起こしている。
「ふぅ……あぁ、違う。
息を吐いて心を落ち着かせるユーリを見て、セシルはゆっくりと教室に入り込む。
ゆっくりと、魔法士との間合いを詰めるような形で。
「その自己満足でこんなことしちゃっていいの? ユーリちゃんのキャリアに傷つくだろうし、あとで大問題になるの間違いなしだよ?」
「なに、説得? やめてよ、ないない。傍から見たらくっっっだらない自己満足に見えるだろうけど、私からしてみればここまでするほどの自己満足なんだからさ。まぁ、諦めて凡人であろうとするセシルには分かんないだろうけど」
ユーリの瞳には、セシルは凡人に映っているらしい。
アカデミーの首席で、騎士団の副団長を務めていても、ユーリの中の天才には入らなかった。
確かに、セシル自身も己が天才だとは思っていない。
本当の天才というのは学生でありながらも
でも、だからといって───
「私は別に凡人に甘んじてるわけじゃないよ」
セシルはポツリと、否定を口にする。
「凄い人はいっぱいいるよね……私だってアルくんの姉である以上、これから彼の実力が知れ渡れば比較されるかもしれない。けどね、私は別に比較されていいかな?」
その瞬間、ほんのりセシルの頬が朱に染まる。
愛おしく、それでいてどこか誇らしそうに彼の話を続けた。
「アルくんは本当に凄い子なんだ。可愛くてさ、優しくて……誰よりも強くて、逞しくて、私を今までずっと守ってくれてた。そこが私は大好きで、皆に「私の弟は凄いんだぞー!」っていっぱい自慢したい」
「……なんだよ、惚気?」
「惚気だよ、もちろん。惚気るぐらい、私はアルくんにゾッコンなの。そして、ゾッコンになるぐらい凄い彼の隣にいるために───隣で支えてあげられる存在になるために、
とある、禁術にまで手を出した彼女みたいな被害者を出さないためにも。
己が、己自身が同じ気持ちを味合わないように。己のせいで最愛の人が同じ気持ちになってしまわないように。
セシルは凡人以上を目指す。立派な騎士を目指す。
「嫉妬なんかしないよ、ばーか。私は比較されるために強くあろうとするんじゃない……誰かを守って、好きな人を支えてあげるために強くあろうとするんだ」
ゆっくりと、セシルは巨大な剣をユーリへと向けた。
「一人よがりの
説得するわけでもなく、挑発。
口角を釣り上げ、自信に満ちた表情はユーリへと向けられる。
「……ははっ、言ってくれるじゃん」
ユーリは己の手のひらに小さな火の玉を生み出した。
「こんな狭い場所で、そんなクソおっきな剣引っ下げる阿呆に挑発されるなんて、とことん私も馬鹿にされるような立場になっちゃったもんだ」
───どういう理屈かは知らない。
それでも、凡人だと揶揄された人間はこの怪奇現象を大規模で引き起こしている。
にもかかわらず、承知しているにもかかわらず、セシルは挑発めいた自信を己に向けてきた。
誰にも知られていない
あぁ、なんとも……腹立たしい。
「いいじゃん、やってやるよ」
ユーリは同じく口元を釣り上げると、そのままセシルへ中指を立てた。
「ボコボコにしてあげる、クソブラコンが」
「こっちのセリフだよ、クソ
互いに部隊を率いる副団長。それでいて、互いに凡人だと自覚する少女達。
こうして、三学年の校舎で舞台の幕を引くもう一つの戦いが始まった。
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