一方で

「ははっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!」


 時は同じく、別の宿にて。

 如何にも上機嫌だといった高笑いが宿全体に響き渡った。

 その声を、同じ部屋の中で聞いていたユーリが耳を塞ぎ、深いそうに顔を歪める。


「……いきなり何? びっくりするんだけど」

「すまんすまん、些か気分が昂ってしまってな。あまりのサプライズに驚かれずにはいられなかったところだ」


 クククッ、と。それでも笑いを堪え切れないシリカ。

 サプライズというのは、自分達の任務対象であった武装集団のことだろうか? それであれば納得する―――何せ、自分も朝起きてかなり驚いたことだから。


「……まぁ、驚いたよね。まさか武装集団が一日で潰れちゃうんだからさ。でも、笑うようなことじゃなくない? あんたなら、捕まえられなかったことを悔しがると思うんだけど」

「甘いぞ、ユーリ。お前は頭まで凡なのか?」


 いちいち苛立つ発言をしてくる女だ。

 ユーリの額に青筋が浮かんだものの、シリカは気にも留めず上機嫌さを崩さない。


「聞けば、奴らが拠点にしていたアジトは八つもあったそうじゃないか」

「まぁ、そうらしいね」

「それで、その全てのアジトは……綺麗に氷漬けされていたらしい」


 何が言いたいのか、それがようやく分かったような気がする。

 氷系統の魔法を使う人間は何人か知っているが、自分の知る中でアジトを壊滅できるような人は一人しか知らない。

 もちろん「できるかも」というだけで、やってしまえるかどうかは定かではなかった。

 何せ、自分はシリカや他の人間ほど彼のことをよく知らない。

 しかし、シリカのこの反応や自分達が乗り込んだタイミングから鑑みるに……功績者は、自ずと察せられる。


「ってことは、アル坊が倒したから機嫌がいいってわけ? 自分の手柄を取られたのに?」

「まぁ、自分の手柄を取られたことは悔しいな。それに、全力ではなかったとはいえ全力を出さず私を倒してみせた面汚しであれば、有象無象など徹夜で懲らしめられるだろう」


 だが、私の上機嫌にはまだ届かんな、と。シリカは口元を釣り上げる。


「じゃあ、一体なんだって―――」

「言っておくが、前提としてあの面汚しは「一夜で潰せる』ほどの実力があるだけであって、実際に一夜で潰すのは不可能だ」

「……は?」

「当たり前だろう? 今のはあくまで面汚しがアジト全ての場所を知っていたらの話だ。普通、どんな実力を持っていても情報がないと話にならん。我々が昨日蟻の行列を成して餌を探していたようにな。一つ二つならまだしも、八つなど偶然ではなく確たる情報がなければ不可能だ」


 潰せると潰すには大きな隔たりがある。

 力を持っていても情報がなければ実行ができない。相手がどれほどの戦力があるか、そもそも潰すべき敵はどこにいるのか。

 まず騎士団や魔法士団の面々が捜索から始めたのも、情報がなければ意味がないと考えていたからだ。

 しかし、その難易度は手掛かりが掴めなかった結果と、領主が何も対処できなかった過程を見れば自ずと理解させられる。

 しかし―――


「だが、アルヴィンは一夜でやり遂げてしまった。領主や我々ですら手に入れられなかった情報を軽々と掴み上げたのだ」

「……彼にはそんな能力もあった?」


 そうなれば、いよいよアルヴィンは化け物だ。

 情報収集能力もあり、それらを潰せるほどの実力を持っている。

 天才だけでは片づけられない異端児―――もう悔しがるとか、その次元の話ではない。

 思わず呆気に取られていると、シリカは肩を竦めてキッパリと言い放った。


「いいや、面汚しにはそんな能力はないさ」

「ってことは、誰かが情報を流したってこと?」

「あぁ、そいつはたった一日でな。いや、面汚しが実行する時間も考慮すると……情報を集めた時間は三十分から一時間の間だろう」

「はっ?」


 自分達があれだけ手掛かりも掴めず、領主が苦労していたものをたった一時間以内で? まさか、あり得ない。にわかに信じられない発言に、ユーリは更に驚いてしまう。


「そして、それがとなれば興奮せずにはいられるまいて」


 まさか、と。ユーリは口を開いた。


「レ、レイラっちが……?」

「状況から考えたらそうだろうよ。我が妹はその証拠に今は騎士団の宿で面汚しと一緒に爆睡だそうだ。よっぽど昨晩働いたんだろうなぁ」


 驚くユーリを他所に、またしてもシリカは堪え切れない笑いを見せる。

 その姿はよくユーリも知っていた───クソほど苛つかせ、酷く胸の内を蝕んでくる、彼女の悪癖。

 それが───


「くくっ、凡人だと思っていたが違うではないか! レイラ……お前、充分なだよ! これは素晴らしいサプライズだ、今日が盛大な誕生日パーティーではないことが些か悔やまれるな!」


 ───自分に向けられないことが、酷くこの上なく腹立たしい。


「さて、見抜けられず出し抜かれた私はもうこの場に留まる資格はないだろう」


 レイラは清々しい笑みを浮かべながらその場から立ち上がる。


「さて、バカンスの権利は向こうにしかないわけだが、お前らはどうする? 図々しくせっかくの休暇を楽しむのか?」

「……いや、私達も帰るよ」

「そうか、いい判断だ」


 シリカはそう言って部屋の扉を開いていく。

 よくも悪くも、シリカは清々しい人間だ。帰ると決めればすぐに帰ってしまうし、己の感情には酷く素直。

 だからこそ───


(レイラっちは、こいつが認めるほどのだったってこと)


 ユーリも分かっている。情報収集能力も、立派な才能だと。

 実力という面ではなく違う側面であったとしても、秀でている時点でそれは紛れもなく天才の部類に入る。

 情報収集能力は内政や部隊に、どこに行っても必ず役に立つ。

 実際に自分達ですら集められなかった情報をたったの一日で集め、片付けてしまっている時点でその実力は認めざるを得ない。

 何より、強者に敏感な目の前の女が認めている時点で───


(あぁ……ほんと、クソ)


 クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソッ。


(もう、いいじゃん)


 ふと、この時、何故か、唐突に。

 ユーリの中でプツリと何かが切れたような音がした。


(もう、でいいじゃん)


 何が、などと聞く人間はいない。

 聞いてもらう必要もない。

 ユーリという少女はこの瞬間、何か吹っ切れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る