任務完了
翌朝、街は慌ただしいものであった。
長く苦しめていた武装集団が一斉に検挙され、全員が衛兵の下へ捕まった。
中には死体が混ざっていたが、人身売買や麻薬密売は罪としてはかなり重いもので、どちらにせよ死刑か労働奴隷堕ちにしかならなかった故に、さして問題ではなかった。
問題は誰が? なんの目的で捕まえたか? だ。
気が付けば全員が捕らえられており、武装集団を捕らえた人間は姿を消してしまっている。
巷では『影の英雄』だと専ら話題となり、街は人一倍の活気を見せていた。
現在、衛兵や領主の騎士は事後処理や武装集団のバッグにいた国を洗うと共に、今回の功労者である人間を捜索することとなった。
そして、本来任務を受けていた騎士団は—――
「驚きましたね、まさか一日で解決してしまうとは」
リーゼロッテが宿の窓から外を覗き込みながら口にする。
「凄いですよねっ! しかも、噂によると痕跡からして全てお一人でやったみたいです!」
まるで英雄譚の一幕です、と。ソフィアが紅茶を淹れながら瞳を輝かせる。
それも当然だ、大人や自分達ですら苦労していた悪党をたったの一晩で解決してみせたのだ。
その話を聞く人間からしてみれば、英雄の偉業を垣間見てしまったと思っても不思議ではない。
「ふふっ、手柄は取られてしまいましたが、無事に解決できたのでよしとしましょう」
「はいっ!」
「それより―――」
リーゼロッテは室内の隅に視線を落とす。
するとそこには、ソファーの上で互いにもたれかかるようにして寝ているアルヴィンとレイラの姿があった。
「……どうして、レイラ様がこちらにいらっしゃるのでしょうか?」
確か、レイラは今回魔法士団の面々と一緒に行動していたはず。
宿も別に取っており、本来はここの宿で寝ることはなかった。
更には、アルヴィンと一緒に寝ているのも少し不思議だ。恐らくこの熟睡具合いだと、夜遅くまでアルヴィンと何かしていたのだろうが。
「ふふっ、気持ちいいぐらいよく寝ていらっしゃいますね。ですが、もう朝ですし起こして差し上げた方がよろしいでしょうか?」
「そうですね、武装集団が捕まったのであれば任務は終わりです。予定よりもかなり早いですが、我々はアカデミーに戻る必要があるでしょう」
リーゼロッテの言葉を受けて、ティーポットを置いたソフィアが二人の下へ近づく。
その時タイミングよく部屋の扉が開かれ、一枚の毛布を持ったセシルが姿を現した。
すると、セシルは声をかけようとしたソフィアに向かって「しーっ」と、口元に指を当てる。
「ごめんね、ソフィアちゃん。もう少し寝かせてあげてくれないかな」
「ふぇっ? あ、私は大丈夫ですけど……」
手に持った毛布はアルヴィンとレイラへかけられる。
途中、もたれかかるようにして寝ていた二人の頭が離れ落ちようとしたのでセシルは優しく受け止め、そのままアルヴィン達の間へと座って肩を貸しながら優しく撫でた。
「ねぇ、本当だったらさ、もっと滞在する予定だったでしょ?」
「えぇ、まぁそうですね。といっても、我々が特段何かをしたわけではありませんが」
「じゃあさ、もう一日だけ帰るの待たない?」
それはアルヴィンとデートをしたいからだろうか?
今までのセシルを見てきたリーゼロッテはその私情に対して少しだけキツく睨もうとした。
しかし、咎めようと向けた視線はすぐに柔らかいものへと変わる。
何せ、目の前で提案してきたセシルの表情には酷く安心させるような慈愛が見て取れたからだ。
まるで、それは二人を労ってあげたいとでも言いたそうなもので───
「……なるほど、そういうことでしたか」
リーゼロッテは小さく息を吐き、再び窓へ視線を戻した。
「であれば、一日ぐらいはお休みを取りましょうか。流石にアカデミーも文句は言わないでしょう」
「さっすが、リゼちゃん! よく分かってるぅ〜♪」
「え、あのっ……どういうことでしょうか?」
リーゼロッテが何かを察した中、一人ついて行けないソフィアが首を傾げる。
しかし、それに対して察している二人は特段何かを言うわけでもなかった。
ふと、セシルは気持ちよさそうに寝ているレイラとアルヴィンの顔を見る。
(レイラちゃんは、アルくんのそういう立場だったんだね)
誰からも聞いていないはずなのに、セシルはどこか確信めいた気持ちになる。
仲がいいのは分かっていたが、こうも信頼を寄せているような姿で寝ていたのだ。察しないわけがない。
(いいなぁ……って言いたいけど、きっと私はそこのポジションは似合わないかな)
でも、だからといって悲観するほどでもない。
レイラがこのポジションであるように、セシルはセシルのポジションがある。
そこにはきっと、レイラは届かないだろう。
自惚れではなく、適材適所という話だ。そして、それは自分の専売特許でもある。
(いつもアルくんをありがとうね、レイラちゃん……)
セシルはレイラの頭を撫で続ける。
そして、もう一つの手は───
(またお姉ちゃんのために無理してくれたのかな、可愛い弟くんは? あれ、今のって結構自意識過剰?)
確かに、アルヴィンは優しい子だ。
今まで隠れて人知れず誰かを助けてきたのと同じで、今回も悪党を見逃せなかったから行動したのだろう。
しかし、そう見えてしまうのだから仕方ない。
昨日の会話のあとに、アルヴィンはこのような姿をしているのだ。意識してくれて、自分のために……なんて想像してしまってもおかしくはない。
「……ありがとうね、アルくん」
大好きだよ、と。
セシルはアルヴィンの頭を少し優遇するように自分の肩へと強く寄せた。
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