姉の元へ

 一番に攫われた者達が集まる空間に姿を見せたアルヴィンは周囲を見渡し、まず先に氷の短剣をソフィアへと飛ばした。


「きゃっ!」


 突然剣を投げられたことに驚くソフィア。

 しかし、狙いは的確にソフィアの頭上———繋がれている鎖へと命中し、甲高い音を残して千切れる。


「ソフィア! 姉さんの治療を!」

「わ、分かりましたっ!」


 感極まる瞬間など与えず、アルヴィンはソフィアにセシルの治療を任せる。

 ソフィアはその言葉を受けてセシルの下へと走り出した。


(アルヴィンさん……ッ!)


 その時、ソフィアは泣いていた。

 助けてと願い、心の中では諦め、折れていたのに……友人が、助けに来てくれた。

 まるでヒーローのようだった。

 胸の内に言いようのできない感情が押し上げてくるが、ソフィアは目元の涙を拭うのと同時にその感情を抑え込む。

 まず先にしなければいけないのはセシルの治療だ。

 今でこそ息があるものの、早急に治療しなければ手遅れになるかもしれない。それぐらい、今のセシルの姿は酷かった。


 しかし、セシルの近くにはサラサの姿がある。

 非力な自分が突貫した程度で距離を離すことができるだろうか? あんなに強いセシルをこんな目に遭わせてもなお平然と立っていられるのに。

 そう思っていた時、ソフィアの視界いっぱいに氷の塊が映った。

 それは容赦なく、サラサへと襲い掛かる。


「語り部も導入もなしかね……ッ!」


 サラサは正面から氷の塊を受け止める。

 とはいえ、質量の違いなど言わずもがな。いくら筋力が強いからといって、あれほど巨大な塊が襲ってくれば受け止めることなど小さい体躯の少女には無理な話だ。

 腕を顔の前へと置いて頭を守るが、勢いを殺し切れず何度も地面をバウンドして転がった。

 その隙に、ソフィアはセシルの下へと駆け寄る。

 血で汚れているセシルに触れ、治癒の魔法を込めていく。淡い光が周囲を包み、ゆっくり……ほんのゆっくりではあるが、傷が徐々に塞がっていった。


「ありがとうございます、アルヴィンさんっ!」


 何に対して? などとは言わない。

 そんなの、ここに至るまでの全てに感謝しているに決まっているのだから。


 そして—――


「あは……やっぱり、来てくれた……ぁ」

だからね」

「え、へへ……」


 アルヴィンはゆっくりと空間を歩く。

 セシルの震える声に目を向けることもなく、真っ直ぐに二人を庇うように吹き飛んだサラサへと立ちはだかった。


「くそっ……タイムリミットか。存外、彼女に時間を使いすぎてしまったかな?」


 サラサはゆらりと起き上がる。

 土埃で汚れているが、それ以外の目立った外傷はない。上手く受け流されてしまったようだ。


「酷いじゃないか。普通、こういう場面だとある程度の問答を挟んで戦闘が始まるものだろう? 演出としては早急ではないのかい?」

「うるせぇな、クズが。姉さんを痛めつけた相手に交わす会話なんか生まれると思ってんのか?」

「生まれるとは思うが……まぁ、君がここに来た以上、確かに余計な問答をしている暇はなさそうだ」


 援護に来た人間がたった一人とは思っていない。

 今は部下が相手をしてくれているとは思うが、それがいつ破られて大人数が襲ってくるかは分からなかった。

 それでも負けるとは思っていないサラサだが、もしかしたらということもある。

 それ故に、この場から離れる必要があった―――集めた人間が惜しいとは思ってしまうが。


「というわけで、もう一本おくか」


 サラサはアルヴィンに向かって指を向ける。

 その行動を受けて、アルヴィンはようやく違和感を見つけた。

 具体的には、サラサの指が二本綺麗になくなって―――


「ッ!?」


 アルヴィンの思考にふと警報が鳴り響いた気がした。

 気がつけば足元から巨大な氷の壁を生み出し、己の肉体を守ってしまう。

 その一瞬だった―――氷の壁に穴が空いてアルヴィンの体が吹き飛ばされてしまったのは。


「アルヴィンさん!?」


 いきなり吹き飛ばされてしまったアルヴィンを見て、ソフィアは心配の声を上げる。

 一体何が起こったのか? ソフィアは治癒の手を止めずにサラサの姿を見た。

 そこで、驚くべきことがあった。

 サラサの向けていたはずの指が綺麗さっぱりなくなっていたのだ。


「なるほど……禁術か」

「ご明察、よく分かったね」


 口から零れた血を拭いながら、壁にめり込んでしまったアルヴィンはゆっくりと体を起こす。


「この禁術は自分の指を代償にすることで向けた先に多大な衝撃を与えてしまうものだ。ボクの手を見れば分かるだろうが、あの子との戦闘で二本失ってしまったから、残りは七回といったところかな? 靴を脱げばもう少し増えると思うがね」


 自分の指を失ってもなお飄々としているサラサ。

 人の体を治すソフィアにとっては背筋に悪寒が走るような姿であった。

 人体を失った人間がどれほど悲しみ、苦しむのかを知っている。

 それなのに、目の前の少女は失ったことにすら何も思わない―――おかしいです、と。

 ソフィアはこの時今以上に恐怖を彼女から感じてしまった。


「随分とお喋りだな。無理矢理縫ってやろうか?」

「やめてくれ、ただ筋を通しただけなんだ」


 サラサは飄々とした態度で肩を竦める。


「それにしても禁術使いジャックソーサラー……本当に実在していたなんてね」

「おかしな話ではないだろう? 文献に残っているのなら実在した証であり、追い求める者が現れるなんて想像に難くないのだから」


 さて、と。

 サラサは不敵な笑みを浮かべて改めてアルヴィンに向き直る。


「大切な人なんだろう? ならば、全力で挑んでくるがいい」


 挑発……のように聞こえた。

 それがアルヴィンの堪忍袋を刺激し、いつもの姿からは想像のできないような形相へと変わる。


「黙れ、クソ野郎。その鼻をへし折って絶対泣かせてやる……ッ!」


 ―――ここにもう一度、戦闘が生まれる。


 禁止された過去の魔法を扱う禁術使いジャックソーサラー

 実力を隠し続けた王国の異端の天才。



 その両者が、拳を握り締めて地を駆けた。

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