助けて

 ゆっくりと、ソフィアの瞼が上がる。

 体の節々が痛い。最近住み始めた家でのベッドだから寝付けなかったんだろうか? そう思っていたのだが、その疑問はすぐに掻き消される。

 何せ───


 


「〜〜〜ッッッ!!!???」


 声にならない悲鳴がソフィアの口から漏れた。

 どうしてセシルが倒れているのか? そもそもここはどこかのか? いや、そんなことよりもすぐに治さなければ。

 ソフィアは急いで治療するために駆け寄ろうとしたが、すぐ自分の手が鎖に繋がれていることに気づく。


「なっ!? ど、どうして……!」


 その時であった。

 はぁ、と。誰かの小さなため息が聞こえてきた。


「この子も目を覚ましてしまったのか。どういう原理で起きてしまうのか、今後の研究課題だね、これは。とはいえ、こればっかりはボクの分野ではないし、気にすることもないか」


 黒いローブを纏った少女。

 その輪郭と声音は、どこか記憶の片鱗にふれた。


「あ、なたは……?」

「おや、分からないのかい? 君とは最近顔を合わせたばかりだと記憶しているのだが」


 会ったことがない。

 そう否定しようとしたが、すぐにソフィアの脳裏にこの前の出店が浮かび上がってくる。


 ───ソフィアはあまり賢い人間ではない。

 純粋で、人のことをすぐに信頼してしまう優しい女の子。逆に言い換えれば騙されやすい阿呆でもあった。

 しかし、流石にこの状況……周囲で動く様子のない金髪の子供達を見れば自ずと理解できる。


「あなたが『神隠し』の……ッ!」

「おめでとう、そう言われるのは君で二人目だ。とはいえ、少し遅かったと思うけどね」


 サラサは倒れているセシルの髪を掴んで顔を上げさせる。

 セシルは満身創痍という言葉しか見当たらないような様子であった。無理矢理掴まれても抵抗することもない。


「セシルさんを離してくださいッ!」

「ふむ……人のせいにするわけではないし、自分を棚に上げることもあまりしたくはないが、君はもう少し罪悪感を覚えるべきだ」

「何を言ってるんですか!?」

「分からないか? 馬鹿でも分かるように説明してあげてもいいが……そもそも、ボクはんだよ」


 会ったことがない、というのはどういうことだろうか?

 無差別に攫っていたのでは無いというのは子供達を見れば分かる。

 一方で自分がどうやって攫われたのかまでは分からないが、会ったことがない人間など何人もいそうなものだ。

 でも、サラサはあえてそれを口にした。

 ということは、会った時に起こったことに何か原因が───


「……ぁ」


 そこまで考えて、ソフィアがふと気づく。

 そういえば、自分はこの人からクッキーをもらった。

 どうした? 


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 ソフィアの中に後悔が押し寄せてくる。

 食べさせてしまった。自分はセシルにそのクッキーを食べさせてしまった。

 もしも、それが攫われてしまう要因であるとするならば、今こうしてセシルを巻き込んでしまい傷つけたのは自分ということになる。


「優しいのは結構。ボクも好印象だ……まぁ、そのせいで誰かが巻き込まれたとなれば、目も当てられないのは言わなくてもいいだろう」


 ソフィアは必死に手枷を外そうと引っ張り始める。

 手首の皮膚が傷つき、血が流れてしまおうともお構いなしであった。


「やめたまえ。この子のように力があるなら肉を削ぐこともできるだろうが、そうでなければ無駄に傷つくだけだぞ?」

「それでも、私は……ッ!」

「安心しろ、どの道殺す気はないよ。とはいえ、頭に「今は」というワードがついてしまうが」


 安心できるわけもない言葉であった。

 なんとしてでも、この場からセシルを逃がさなければ。

 巻き込んでしまった責任と、襲い掛かる罪悪感が心優しいソフィアの体を突き動かす。

 けど、どれだけ頑張っても手から枷が外れることはなくて───


「お願い、します……」


 ソフィアはいよいよ、瞳から涙を零しながら懇願し始めた。


「セシルさんを、離して……ください……」

「ッ!?」


 しかし、その懇願もすぐに一蹴される。

 どこか申し訳なさそうに、サラサは口にした。


「ボクにも一応罪悪感はあるさ。申し訳ないとも思う。けど、君は必死になれる目的を持ったことはあるかい? ボクが今立っているのは、つまりそういうことだ」


 サラサはセシルを抱えると、壁際まで運んでその場に座らせた。


「大義なんて言うつもりはない。地獄に落ちてしまうのは当たり前だ……それでも、ボクはなし得たい事柄がある」


 だから諦めろ、と。

 サラサはキツくソフィアを睨みつけた。

 それが固い意志だというのは、なんとなくであるが伝わった。

 今更もう一度懇願しても、同じように一蹴されるだけだろう。


 故に、ソフィアは願った。


(誰か……)


 この場に誰がいる? 目を覚まさない子供と、満身創痍のセシル。

 加えて『神隠し』の首謀者しかこの場にはいない。

 この願いなど、ただのエゴの塊でしかなかった。


(誰か……助けてくださいっ!)


 誰にも届くはずのない願い。

 それでも───


「だい、じょうぶ……」


 セシルの口から、小さくそんな言葉が漏れる。


「来てくれる、から……私の、が……」


 ───そう口にした瞬間であった。


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!! っと。


 空間の入口のドアが一気に吹き飛んだ。

 瓦礫と、黒装束を着た人間がいくつも空間へと放り出される。


「助けに来たよ……姉さん」


 そして───



「よく分からねぇ悪党共が。落とし前をつけてやるから今すぐ汚い顔を出してくたばりやがれ」



 白い息を吐く少年が、この場に姿を表した。



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