地下での戦闘

 ───った。


「ふむ……奥が騒がしいね。これは少々、早いうちに終わらせないといけないみたいだ」

「…………」

「どうした、まだまだぞ……お姉ちゃん?」



♦️♦️♦️



『かかって来いや! 女の子を守る男がどれだけかっこいいか見せてやる!』

『うちの可愛い子ちゃんに手を出してタダで済むと思うなよ!』

『てめぇらみたいな三下はお呼びじゃねぇんだよ!』


 地下での戦闘は、混沌に混沌を極めていた。

 隊列も作戦もあったもんではない。全員が全員入り乱れ、ただただ近くにいる敵を倒していくという構図。

 それは敵の人数が多すぎるというのが一つの理由だろう。


 当初の目的は人質の救出に加え、王国騎士団がやって来るまでの時間稼ぎ。

 もし時間稼ぎにいっぱいいっぱいであれば、時間稼ぎを優先する。

 そういった目論見のまま始まった戦闘だが、中でも二人だけは異色の景色を見せていた。


「退けっ!」


 近くにいた人間を蹴りで吹き飛ばし、背後から狙ってくる敵の顎へ氷の柱をぶつける。

 更には両脇からやってきた敵の腕を掴み、そのまま氷漬けにした。氷のオブジェになった人間はすぐ脇へと蹴り飛ばして捨てる。

 一人を相手にした時は僅か数秒程度。それだけの時間で、アルヴィンは着実と敵を屠っていく。


「ッ!」


 一方で、リーゼロッテはシンプルな戦い方をしていた。

 手にしている剣に炎を纏わせるという単純なもの。熱が風に乗って周囲へと伝播を始めた。切りつければ炎を広げ、敵の体を焼いていく。

 最小でいい。少しでも刃が当たれば相手は綺麗な炎上を見せてくれる。

 それを持ち前のフィジカルで幾度となくり返し、こちらもまた物凄い勢いで相手を屠っていった。


『や、やべぇぞこの二人!』

『こいつらに集中しろ! 他はまだなんとかなる!』

『なんとしてでも奥へと連れて行くな!』


 敵の焦りが窺える。

 今はまだ続々と敵がやって来ている状況ではあるが、その数も有限のはずだ。

 押し切られてしまえば、奥へと進まれてしまう。

 それだけは絶対に避けなければ―――アルヴィン達と同じ、一点に対する必死さが伝わってきた。


「埒が明かない! 蟻の巣を刺激してもこんなにわらわら集まらないよ!」


 アルヴィンは舌打ちしつつも、氷の短剣を生み出して敵に投げ飛ばす。


「ここは私達がなんとかするわ! あなたは早く先に行きなさい!」


 レイラが敵を切りつけながら叫ぶ。

 その顔にあまり余裕は残っていない。気を抜けば敵の刃や魔法に襲われてしまうからだろう。

 それでも、レイラはアルヴィンに先へ急ぐよう促した。

 ここから見える通路など一本しかない。

 魔力の残滓から考えてみても、セシル達があそこにいるなど火を見るよりも明らかであった。


「けど……!」

「けどじゃないの! あなたがこの中で一番助けられる可能性が高んだから!」


 レイラの言葉に、アルヴィンは唇を噛み締める。


(どうする……ッ!)


 本来、ここで立ち止まるべきなのだろう。

 今のように混戦を極めてしまえば大規模な魔法は扱えない。

 味方諸共被害を受けてしまうことになるため、ごく最小の力で戦わなければならなかった。

 しかし、ここで大きな猛威を振るっているのはアルヴィンとリーゼロッテだ。

 一人抜けてしまえばどうなってしまうかなど、想像しただけで不安になる。


「構いません」


 だが、その不安をリーゼロッテが払う。


「お任せください、アルヴィン様。騎士団の面々はあなたが思っているより皆さんお強いです……なので構わず、走ってください」


 信じろ、と。

 単純明快。そんな言葉をリーゼロッテは剣を振るいながら口にする。


 赤く光る炎に、リーゼロッテの銀髪が映える。

 火の粉は天井から吹く風によって宙を舞い、一種の衣のように美しく見せた。

 それがなんとも幻想的で、かつ頼もしくアルヴィンの心を揺さぶる。


 アルヴィンは呼応するかのように駆け出した。

 目指すは奥に見える通路。進路に敵が立ちはだかってくるが、アルヴィンは手を振るうことによって氷の波状を縦に伸ばして道を作る。


「お願いします!」


 後ろは振り返らない。

 この場にいる敵は任せると、走り出した瞬間に決めたのだから。


「姉さん……ッ!」


 アルヴィンの言葉に反応したのか、氷の波状を越えて敵が現れてくる。

 よっぽど奥へと行かせたくないのだろう。

 背後にいる味方の負担を減らしてくれるかのように、アルヴィンの下へと敵がぞろぞろと集まってくる。


『行かせるな!』

『司祭様の儀式が終わるまでは!』

『教団の力を見せろ! 大義は我々にある!』


 ―――でも、そんなこと関係ない。


「かかって来い、クソ野郎共! 氷のオブジェになりたい奴らだけ前に出ろ!」


 アルヴィンは足を止めることはなかった。

 ただただ、通路を抜けるためだけに足を動かし続ける。

 魔力はまだ大丈夫だ。このあと何があろうとも十分に戦える。


 ―――奥へと向かう。


 アルヴィンが空洞から抜け出し、通路へと足を踏み出すのにそれほど時間はかからなかった。



 ♦♦♦



 ―――その頃、通路の奥では。


「存外、君も大したことなかったじゃないか」

「…………そう、みたいだね」


 一人の少女が、血濡れた体を地面へと伏せていた。

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