校舎案内
当たり前の話だが、二度寝より三度寝の方が眠りは浅い。
そのため、せっかく快適な枕をいただいた自堕落ご所望なアルヴィンでもすぐに目が覚めてしまった。
「ふふっ、あなたの寝顔……可愛かったわよ」
「やだっ、あとあと冷静に考えたら恥ずかしいっ!」
身内にはしょっちゅう見られているとはいえ、他人に寝顔を見られることが恥ずかしいものだと今更思い出したアルヴィンは赤面する。
───現在、アルヴィンはレイラの横を歩きながら校舎の中を探索していた。
なんでも、どうせ入るのならアカデミーを見た方がいいんじゃないかとのこと。
アルヴィンはアカデミーから出て王都で遊ぼうかなと思っていたが、流石に親しい知人と会って他所へ行くといった失礼に抵抗があったのか、その提案を了承した。
とはいえ、さして興味もなかったので普通に会話して歩いているだけではある。
「そういえば、レイラって何年生なの?」
「何年生に見える?」
「……そんな男を試すような質問で返さないでくれる? 上しか選択肢がないのは分かってるじゃん」
「正解は二年生♪」
「……さてはレイラ、まともな問答をしたことがないだろう?」
答えさせたいのか答えさせたくないのか。
どっちかハッキリしてほしいと思ったアルヴィンであった。
「そんなつれないこと言わなくてもいいじゃない。せっかく久しぶりに会えたというのに」
「ははーん、さては記憶力も欠如しているね? 盗賊の件で一昨日会ったばかりだっていうのにカルシウムが足りてないぜベイベ───」
その時。
ポキャ、と。肩の骨が外れるような音が聞こえてきた。
「……なんか反応できない速さで僕の肩が可哀想なぐらい綺麗に外されたんだけど」
「乙女に失礼なことを言うからよ」
「僕の身近にまともな乙女はいないのか……ッ!」
手馴れている感じが、彼の脱臼頻度を現しているようだった。
そして、目にも止まらぬ速さで肩を外してみせたレイラも、経験度合いがしっかりと窺える。
「まぁ、これからは嫌でも会うでしょうし、今日はここら辺で勘弁してあげるわ。次からはレディー失礼なことは言わないようにね?」
「ん? あぁ、アカデミーで会うもんね」
確かに、同じアカデミーに通っていれば嫌でも会うことはあるだろう。
情報提供者として付き合っていた時は、わざわざ報せを受けて待ち合わせ場所に赴くぐらいだったので、報せがなければ会うこともなかったのだから。
「それもあるけど……私、こう見ても騎士団に所属しているのよ」
「あ、なるほど」
「なるほど?」
「あの野郎共の言っていたことなんだけどね」
騎士団に入れば可愛い子に会える。
てっきり、依頼先で出会う女の子は可愛い子ばかりだから───という理由で言っていたのかと思っていたが、そもそも面子に可愛い子がいるという意味だとは思わなかった。
だからあんなことを言っていたのかと、アルヴィンは納得する。
「もしかして、レイラ以外に女の子って他にもいるの?」
なんだろう、ちょっとやる気が出てきた。
公爵家の面汚しとして社交界では令嬢達に敬遠されてきたからか、アルヴィンには女の子との接点はほとんどない。
可愛い子と言われて興味を示してしまうのも無理はないだろう。
依頼先で出会うよりも所属している方がよく顔を合わせるし、目の保養機会が多いのでアルヴィン的には嬉しいのだ。
「いるのはいるけど……」
「おぉ!」
「あなたのお姉さんよ?」
「チッ」
一気にやる気が下がったアルヴィンであった。
「仕方ないじゃない。元は騎士なんて男がなるような職だし、セシル様や私みたいな令嬢がなるのが珍しいのよ」
「……僕は憂鬱になったよ。むさ苦しい野郎共の中に咲く花が薔薇だったなんて」
「あら、褒めてくれてるの?」
可愛いのは認めるが棘があるんだ、と。
そう思っての発言だったが、これ以上口に出せばもう一度肩をはめ直す必要が出てしまうので口を閉じた。
美少女なのは言わずもがなではあるが、どうしても知人となると期待が下がってしまうのがアルヴィンのお心である。
「姉さんは分かるんだけど、なんでレイラも騎士団に入ってるの? 結婚相手でも探しに?」
「絵に描いたようなハーレムなんて望んでないわよ。私の家が単純に騎士家系ってだけ。言っておくけど、爵位は子爵よ」
「へぇー」
「それに───」
レイラはアルヴィンの体に少し擦り寄る。
そして、耳元で小さく口にするのであった。
「私には添い遂げたいお相手がいるもの」
アルヴィンはその言葉を聞いて、真剣な顔つきになった。
どうしてレイラが耳元で言ってきたのか? 更に、どうして頬がほんのり染まっているのか……その理由が分かったからである。
だからこそ、アルヴィンはレイラの肩を掴んで真っ直ぐに紅蓮色の瞳を覗き込んだ。
「ちょ、ぇっ……?」
「そっか、そういうことだったんだね……」
「そ、そういうことって……?」
「今まで気づいてあげられなくて、ごめん……」
いきなりどうして肩を掴んできたのか?
でも、それよりも。何かを察してくれたアルヴィンにレイラは思わず戸惑ってしまう。
「せっかく勇気を振り絞って言ってくれたんだ」
「……っ!」
「だったら、僕も真剣に答えるよ」
そして───
「その人との恋を僕は全力で応援しぶべらっ!?」
思い切り頬を引っぱたいた。
「痛いっ! 親にぶたれたことはあるけども普通に痛いっ!」
「もう一回、いってみましょうか?」
「どうして!? 僕はいつもお世話になっているレイラのお役に立とうとぶべらっ!?」
二発目の乾いた音が響き渡る。
公爵家の令息に対してなんてことを。そう思うかもしれないが、アルヴィンは元よりレイラに対しては何事も普通の女の子として接している。
仲のいい証拠だろう。ただ今だけは、その接する態度が恨めしいと思った。
「はぁ……まぁ、あなたが愚鈍なのは今に始まったことじゃないし、そもそも家柄的にも色々問題もあるわけだし、これぐらいで許してあげるわ」
「……ありがとう。公爵家の人間に容赦なく平手打ちができるよねって賞賛してあげたいけどありがとう」
特に原因も分からない愚鈍なアルヴィンは頬を擦りながらお礼を言った。
乙女の心を踏みにじった罰としては軽い方だろう。
───その時、ふと校舎全体に鐘のような音が聞こえてきた。
「あら、もう授業が終わったみたいね」
「そ、そうっすね……なら、僕はそろそろお暇しようかな。公爵家の面汚しがここにいるってなったら騒ぎになりそうだというか肩身の狭い思いをしそうだし」
「あなたはそういうの気にしないタイプだと思っていたのだけれど?」
「僕だけだったらね。今はレイラもいるし、君に不快な思いをさせるわけにはいかないよ」
別に気にしなくてもいいのに、と。
レイラは頬を膨らませる。
だがその小さな優しさが嬉しかったのか、少しだけ口元が緩んでいた。
「っていうわけで、僕はここら辺で失礼───」
そう言いかけた瞬間、ふとアルヴィンの肩が叩かれる。
一体誰なのか? 僕に声をかけようとする人なんて珍しいな……そんなことを思いながら振り返る。
ちなみに、アルヴィンはのちにこの時のことでこう語っていた───
「ねぇ、アルくん……その女、誰……?」
そこには、目からハイライトが消えた少女が立っていたんだよ。えぇ、とても怖い姉さんが。
「はっはっはー! 奇遇だね姉さんこんなところでばったり出くわすなんてさらばっ!」
アルヴィンは反射といってもいいスピードで廊下……ではなく、窓から身を投げ出してその場から急いで離れた。
ここは校舎の三階。そんなことも気にせず。
だが、それを気にしないのはこの人も同じであった。
「むっ! 逃がさないんだよ!」
背後に現れた姉もあとを追うように窓から飛び出していった。
そんな異様な光景に、授業が終わって姿を見せた生徒達がざわめき驚きを見せる。
一方で、アルヴィンのことをよく知っているレイラは───
「なにやってんだか……」
思わず額に手を当てるのであった。
ちなみに、公爵家のご令嬢が窓から飛び降りてご乱心なさった……なんて噂が広まったのは余談である。
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