情報屋
『はぁ……もういいでしょ? 僕、もう帰るからね』
『ふぇっ? 馬車ないけど歩いて帰るの?』
『え?』
『え?』
なんてやり取りがあったそのあと。
セシル達は授業が始まってしまうとのことで校舎の中へと行ってしまった。
取り残されたアルヴィン。流石に生徒でもないアルヴィンが授業など受けられるはずもない。
無理にでも公爵家の顔を使えばなんとかいけないこともないのだろうが、そこまでして授業を受けたいかと言われてしまえば首を横に振る。
かといって、歩いて帰るには距離がありすぎるため途方に暮れてしまった。
誰が好き好んで片道徒歩数時間の距離を歩かなければいけないのか? 色々ブラコンな姉のせいで疲れてしまったアルヴィンにその気力はなかった。
故に、アルヴィンは仕方なく敷地内の庭で時間を潰そうと考えた。
「……ここならいいかなぁ」
ふかふかの芝生に、いい感じに木漏れ日が射す一本の木の下。
ここで寝たら気持ちよさそうだ。二度寝も邪魔されてしまったし、人の通りそうにない場所なので時間を潰すのにちょうどいいかもしれない。
アルヴィンは横になる。
心地よいそよ風が肌を撫で、横になっただけで眠気が襲い掛かってくる。
「ふぁぁ……日が沈むぐらいになったら姉さんが探しに来てくれるでしょ」
どこまでいっても他力本願。
とはいえ、あの姉が自分を放置するとは思えない。
帰りの馬車が来るまで時間がある。ここで一人勝手に帰ってしまうよりかはいいだろう。
そんなことを思いながら、アルヴィンは意識を微睡みへと沈めた―――
♦♦♦
―――アルヴィンが次に目を覚ましたのは、意外にも早い二時間後のことだった。
「……んあぁっ?」
瞼をこすり、ゆっくりと瞳を開ける。
まだ外は明るい。日が沈んだ様子も太陽の位置が極端に変わった様子もない。
だけど、寝始めた時よりもどこか騒がしい。恐らく、アカデミーの生徒が授業を受けようと集まってしまったからだろう。
そのせいで起きちゃったのかな? と、二度寝常習犯のアルヴィンは自分の眠りの浅さに少し疑問を覚えていた。
その時———
「あら、起きたの?」
ふと、頭上から声が聞えてくる。
そういえばさっきから頭に伝わる感触がどことなく柔らかい。
アルヴィンは気になって重たい瞼をしっかり開けて頭上の方へと視線を向ける。
すると、そこにあるのは美しくもあどけない顔立ちを見せる紅蓮色の瞳を向けていた少女の姿。
炎髪がそよ風によって靡き、視線が思わず惹き付けられてしまう。
誰? なんて思うことはなかった。
何せ―――
「……どうして君がここにいるのさ?」
「私もここのアカデミーに通っているからに決まってるでしょ?」
「……情報屋でもアカデミーに通ったりするんだね」
レイラ・カーマイン。
アルヴィンがよくお世話になっている情報屋……公爵家の状態や不穏因子の存在を教えてくれる人間であり、かつて盗賊団の居場所を教えてくれた張本人でもある。
レイラとの付き合いは意外と長い。
それこそ、アルヴィンが十歳を超えてからの付き合いになるのだろうか? ひょんなイベントの末に生まれた関係値。
偶然……そう、偶然アルヴィンがレイラを助けた時からの付き合いだ。
そしてアルヴィンの実力を知る、唯一の人間だった女の子である。
「情報屋って言っているけど、私はただ手に入った情報を流しているだけでそれを商売にしているわけじゃないわよ?」
「でも、僕からはお金受け取ってるじゃん」
「あなたが「タダでもらうのは申し訳ない」って言ったからじゃない。人をがめつい女みたいに言わないでくれる?」
「ごめんごめん、そういえばそうだった」
それで、と。
アルヴィンは気になっていたことをレイラに尋ねる。
「これはどういう状況? 美少女からの膝枕にいくら払えばいい?」
「特別サービスで無料にしてあげるわ。あなたを見かけたから勝手に私がしたことだもの」
「ご馳走様です」
「ふふっ、お粗末様」
レイラは小さく上品に笑う。
その姿を見て「レイラって貴族だったんだなぁ」と今更ながらに思ったアルヴィン。
一応、成り行きで知り合った関係から始まったので素性は聞かないようにしていた。
だが、こうして貴族が多く集まるアカデミーに通っているということはそうなのだろう。
「あなたはどうしてここにいるの? 入学するのはもう少し先だと思っていたのだけれど……」
「姉さんに僕の実力がバレた」
「ってことは、弟自慢で無理矢理連れてこさされたってところかしら?」
「察しがいいね、相変わらず。姉さんに少しだけでも分けてあげたいぐらいだよ」
「セシル様のことはアカデミーでよく話題になるもの。あんなに弟好きになる貴族の令嬢は珍しいわ。それに、この前全校集会でそんなこと言ってたし」
なんだろう、余計にもアカデミーに入りたくなくなった。
アルヴィンは辟易としていた気持ちが強くなってしまう。
「それで、あなたはどうする? もう少し寝ておく?」
「ん? 僕はそのつもりだけど……」
「じゃあ、あなたが起きるまでこうしてあげるわ」
「授業は受けなくてもいいの? レイラって意外と僕と同じでサボり魔?」
「そういうわけじゃないわよ? いつもはちゃんと授業を受けているわ」
ただ、と。
レイラは悪戯めいた笑みを浮かべた。
「あなたに膝枕をしてあげる機会は早々巡り合えそうにないもの。せっかくなら、寝顔を拝見して楽しんでおくわ」
「……物好きめ」
まぁ、いっか。アルヴィンは別に見られても困るものではないと、すぐさまもう一度瞳を閉じた。
するとそのあと、もう一度微睡に戻る前———
「おやすみなさい、アルヴィン」
そんな声が聞えてきた。
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